依の証言

 鈴璃と依の歓談にときおり相槌を加えつつ、南風原は二人の様子を窺う。事前の聞き取りどおり本当に和解しているのだろう。鈴璃の笑顔はおぼろげな記憶のなかにある学校で見るそれより明るく、声のトーンも高い。もし演技だとしたら進路指導でそういった道も検討するかもしれない。


 もちろん、鈴璃から聞き取った当時の関係から想像するに――特に鈴璃が割り引いて話していたと仮定すれば――松本依が彼女の指示通りに動いている可能性もなくはない。


 しかし、鈴璃の話に耳を傾ける依に怯えや固さはない。地元から遠くレベルも高い私立に進んだ依と、レッテルに苦しんで公立に進んだ鈴璃で、当時とは立場が逆転したのだろう。南風原自身にも似た経験があっため、そちらに意識が流れてしまう前にと口を開いた。


「あー……赤西さん、そろそろいいかな?」


 くるりと、二人の女子が振り向いた。そして顔を見合わせ、手元の皿に目を落とす。ケーキはすでになくなっている。紅茶のカップも空だ。ふたたび視線を交わして鈴璃が言った。


「それじゃあ、話した通り――」

「うん。大丈夫。


 依が笑顔で答えると、鈴璃が南風原に向き直った。


「十五分か……二十分くらい、席を外しますね」

「ああ。悪いね」

「……変なこと聞かないでくださいね? 私の親友なんですから」


 意外だった。鈴璃の口から親友という言葉が出るのも、教員に強気にでる姿も。

 南風原は店を出ていく背中を見送り、紅茶のおかわりをもらって、あらためて鞄から手帳を取り出した。


「あー……じゃあ、申し訳ないけど、松本さん」

「依でいいですよ?」

「いえ、松本さんで。他校の生徒さんですからね」

「固いなあ。まあ、どっちでもいいですけど」

 

 依は屈託なく笑い、続けた。


「当時の話ですよね? 何が聞きたいんですか?」

「まずは当時の認識の確認をさせてください。思い出したくない話かもしれませんが……」

「そこまで酷い話じゃないですよ。当時は深刻に思えても今は平気というか」


 鈴璃の話したとおり、松本依が転校してきたのは小学校五年生の春だった。三、四歳のころから父親にくっついて一年から二年で各地を転々とし、子どもが難しい時期に入るからという理由でしばらく一つ所に腰を落ち着けることになったのだという。


「教室で浮くのは慣れてました。どうせ一年かそこからで転校するしって思って、こっちからも近づかないようにしてたんです。なんか、虚しくなっちゃうから。それにこっちに来たとき、もう進学先は決めてあって。だから、まあ、二年だけ頑張ればいいかって思ってたんですけど」


 依は近ず離れずでやり過ごすつもりでいた。最初は色々と話を聞かれ、あちこちに転居したわりに長くいないために話題に乏しく、一月も経たずに浮いていた。転校続きで育まれた厭世感にも似た達観も影響したのだろう。誰とまじるでもなく淡々と過ごす日々。声をかけてきたのは鈴璃だった。


「いままでさんざん訊かれた話でしたよ、たしか。いままでどういうところに住んでたの? みたいな」


 依から見て、鈴璃は決してクラスの中心人物といえる子ではなかった。


「でも、鈴璃のおばさん、書道教室をやってましたから。そのつながりでグループになってたんだと思います」


 最初は色々と教えてあげるという、ありがたくも迷惑なお節介から始まって、けれど一緒に過ごせば仲良くもなって――鈴璃の話のとおりだ。ただし、依は何が切っ掛けでいじめが始まったのか分からないという。いや、それ以前に、


「いま思うと、いじめられてたって言っていいのかどうか……ウチの学校で聞いた話と比べると、ちょっと長く続いたケンカって感じだったのかなって感じです。ただ面倒くさくはありましたよね。あー、だから嫌なんだよなあって」


 依は苦笑した。どうせ卒業までだ、もうすこし我慢すればいいだけ。それが彼女の魔法の呪文になるはずだった。


「夏休みの前で、よく覚えてます。ちょうど受験の準備でメンタルやられてきてたのもあって、急に――本当に急に、ああもうダメだってなっちゃって。あと半年なんだからって思ったら、もう」


 あと半年も!? そう心のなかで叫んでいた。涙が止まらなくなった。塵も積もればと表現してもいいかもしれない。たまりにたまったストレスが穏便にすまそうという発想を押し流す。


「でも私、半分くらい……三割かな? 冷静なとこあったんですよ」


 涙は演技じゃなかった。けれど、どうせなら大問題にしてやろうと思った。転校続きだったのと、すでに受験の話を通してあったために、教員たちにはある種の注目を浴びていた。だから、教員がやってくるまで大声で叫んだ。


「不思議ですよね。大っきな声を出すとその気になってくるっていうか、ああ、こんんなに不満だったんだって思って、でももうどうにもならなくなっちゃって」


 そう言って、依は照れくさそうに笑いながらティーカップを持ち上げた。

 和解している、と鈴璃が口にできた根拠はこれだろう。おそらく同じか似た話を聞かされているのだ。つまり、本人がいじめとは思っていなかったし、もう昔のことだと思っていると、言質げんちを取ったのだ。

 

「あー……それじゃあ、和解の切っ掛けはなんだったのかな」


 南風原は手帳に罫線代わりの横線を引き『ワカイ』と書き込んだ。

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