文学部の面々

 南風原が赤西鈴璃と面談しているころ、押下天然――アマネルは二階渡り廊下の黒板を見つめていた。


『自由参加・飛び入り歓迎(図書談話室)』

 

 と明朝体で印刷したような文字が並んでいる。ブチョーではなく、ショーが書いたのだろう。入部時の自己紹介で、小学生の頃あまりにも字が汚いので習字に通わされたと言っていた。

 

 アマネルは両手を腰に置くと、しばし上向いて、やがて頷いて階段に向かう。図書室は四階で、図書談話室はその隣である。普段は開放されており、授業や部活動などで利用する場合は、時間単位で事前申請が必要になる。


 は現状、部員が四名しかいないため、貴重な談話室を使用するときは飛び入り参加を標榜している。部活勧誘をかねての伝統だ。もっとも――、


「おっすー」

 

 アマネルは気安く声をかけながら淡い青色に塗られた扉を開いた。

 やはり、というべきだろう。二つの丸テーブルを贅沢に使って、部員が二人。飛び入り参加の生徒はおらず、ブチョーとショーだけが読書に耽っている。


「ん?」とショーが顔をあげた。「あ。アマネルさん。こんにちは」

「はいこんにちはー」


 アマネルは通学用のリュックサックを下ろしつつ、ショーが座るテーブルの左手側――ブチョーに背を向ける椅子に腰を下ろした。リュックは隣の椅子に置いた。椅子を滑らせ、ショーとブチョーの渡し船を演じるように、両手を開いた。


「……なんで違うテーブル使ってんの? ケンカ?」


 ケンカという単語に反応したのか、ブチョーが勢いよく顔をあげた。


「失礼な! 私はショーの有意義な読書を鑑賞しているのだよ!」

「……見世物じゃないんですけど」


 本を見るショーの瞳に呆れの色が交じった。


「だよねえ」


 とアマネルが苦笑しながら首をショーの側に傾け、背表紙を覗く。


「なに読んで……あ」


 アマネルの顔が明るくなった。ショーがほんの僅か頬を上気させ背表紙が見やすいように本を立てた。先日ブチョーの手を借りてプレゼンしたばかりのハードボイルド小説だった。


「……おもしろい?」アマネルがニヤケながら言った。

「ブチョーとアマネルさんがいうシーンが終わったばっかりです」

「なるほどぉ」


 アマネルはうんうんと頷きを繰り返し「あ」とブチョーに顔を向けた。


「ホノミンは? 今日は休み?」

「うむ」ブチョーが頷く。「昨日ママにおねだりしたら図書館にあるんじゃないかと言われてパパに相談したんだとか」

「それで?」

「密林に注文してくれたそうで、到着が今日だから帰りたいと」

「ウチの新一年生は先輩に優しいねえ」


 またも、アマネルがうんうんと頷いた。

 ショーが吹き出すように笑った。


「もうそろそろ新二年生ですけどね。新しい部員が来てくれるか今から不安ですよ」

「いやあ、まあ、そこはブチョーと私でなんとかするし……ね?」

 

 話を振られ、ブチョーが手元の本を見つめながら眼鏡を押し上げた。


「うむ。引退された先輩方のためにも、来年は部室を手に入れようではないか」

「また無茶なことを……」ショーがため息をついた。「今日も先生、来ないし。やる気なさすぎじゃないですか?」

「まあトモキンも初めての担任が三年の先輩方だからなあ、しょうがなかろうよ」

「そうは言っても……せっかく相談に乗ったって言うのに、アレ絶対、書く気ないですよね、先生」


 ふてくされたように言うショーを、アマネルが「まあまあ」となだめる。その一方で、ブチョーが意外そうな顔をして言った。


「ショーはトモキンが本気で小説を書こうとしてると、そう思っとるのかあ?」

「え」「え?」


 と、アマネルとショーが声を揃えた。


「なんじゃい二人して。鳩に豆鉄砲食らったような顔して」

「何してくれんだ平和の象徴」とアマネル。

「鳥ってたまに目が怖いですよね――じゃなくて!」ショーは読みかけの本に栞を挟んだ。「小説書く気ないって、だったら――」

「なんで?」


 言葉尻を食いとって、ブチョーが丸眼鏡を押し上げた。後ろに回していた三つ編みを手繰り寄せ、指揮棒でも振るように毛先を弄びながら言った。


「さっきも言ったであろう? 我らが顧問は非常に多忙でおられるのだ。先輩方が受験戦争に身を投じようという今この時期、筆を取る余裕なぞあるだろうか?」


 ――いや、ない。反語だ。

 ショーが眉間に皺を寄せた。


「根拠はそれだけですか? だったら――」

「うん。信じたいというのも分かる。私もそうであればと願ってやまないのだが――まあ、違うだろうなあ」


 ブチョーが自身の三つ編みを爪で弾いた。

 

「いまのトモキンにそんな余裕はないというのが理由の一つ。話の相談しているときトモキンが聞き込み相手を聞いてきた。これが二つ目」

  

 ブチョーはショーを見やって頷いた。


「もちろん、普通に分からなかった可能性はある。だが――」

「それでか」アマネルが呟いた。「今日、授業の前にちょっと話したんだけど、聞き込みのコツをかれた」

「アッハッハ。まさに針で突っつくような質問だなあ」


 ブチョーは楽しげにショーに振り向き、三本の指を立てた。


「以上を踏まえて最後の一つ。あの日、トモキンは長いこと右のポケットに手を入れていたのに、わざわざもう一回、探ってから使い捨てカイロを出した。もしかしたらポケットには告発文が入っていたのかもしれないなあ」

「告発……誰が、誰をですか?」

「それが知りたかったから相談したんだぬ」


 言ってから、ブチョーは肩を竦めるように両手を小さく広げた。


「まあ可能性の話だ。疑っては可哀想というものよの。……ただ、昨日のトモキンの参加は一週間も前に決まっていたのだから、執筆の相談をするにしては――」

「たしかに」アマネルが細い顎を撫でながら言った。「トモキン、授業も部活もきっちり準備してくるもんね」


 うむ、とブチョーが頷き、ショーが頬を膨らませた。

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