赤西鈴璃の証言②
南風原は赤西
「実は、小学校の頃の話で、少し確認したいことがあるんだ」
「小学校ですか?」
鈴璃のリュックを抱きしめる手に力が籠もった。
南風原はあくまで小声で続ける。
「いじめの話なんだけど」
「――まさか!?」
分かりやすいくらいに顔を険しくし、鈴璃は叫ぶように言った。
「それ誰が言ってたんですか!?」
「ちょっ、声……ッ! 声が大きい……!」
南風原は慌てて人差し指を立て唇に当てて見せた。鈴璃がギョッとして振り向く。廊下から微かに聞こえてくる校内の喧騒が急に失せたように思えた。
南風原は座って待つようにと鈴璃に手のひらを見せ、念のため扉の隙間から廊下を窺う。誰もいない。資料室には職員室の前を通らなければたどり着けない。好き好んでくる生徒はほぼいない。
「事実なのか?」南風原は席に戻って訊ねた。「赤西さんが主導してたらしいけど」
「それは――」鈴璃は開きかけた口を閉じ、睨むような目をした。「誰から聞いたんですか。教えてください」
「そこは問題じゃないんだ」
「問題ですよ! だって――だって、そうじゃないですか! そんな噂ネットに流されたりしたら私、殺されちゃう!」
――殺される!?
なぜ。誰に。なんて物騒な。いくらなんでも大げさ過ぎるだろう、などと南風原の脳裏にいくつもの言葉が並んだ。いずれも適切な回答に思えなかった。そのあいだにも鈴璃の視線は足元に向けられていく。
「どうしよう、私……なんで? 誰? どこから?」
うわ言のように繰り返す鈴理。とりあえず落ち着けようと思い南風原は言った。
「大丈夫だよ、赤西さんは殺されたりしないし、そんなことは先生が絶対にさせないから。もし心配なら警察に――」
「そんなことしたら確実に終わりじゃないですか」
鈴璃の顔は固く強張っていた。
無意識のうちに生唾を飲み込み、南風原は訊ねる。
「終わりって、どうして?」
「だって、ネットに流されたりしたら推薦が取れなくなるじゃないですか」
そんなことも分からないのかと責めるような口調だった。
「推薦が取り消されたら、私、殺される……」
「殺されるって、誰に?」
「誰ってそんなの――」鈴璃は開きかけた口を閉じ、瞳をあちこちに巡らせ、言い直した。「そんなの、言い出したやつに殺されるのと同じじゃないですか……」
言って、鈴璃は固く目をつむると、リュックに顔を埋めた。
南風原は上着を探り、ポケットティッシュを差しだす。
「赤西さん落ち着いて。まず事実の確認をしよう。いじめは本当にあったの?」
コクリ、と鈴璃が頷いた。ポケットティッシュから数枚抜き、目元に当てた。
南風原は可能な限り優しく問いかけた。
「それは小学校の終わりごろ?」
コクンと頷き、でも、と鈴璃が声を震わせた。
「でも――なんだい?」
「でも、私、もう仲直りして……」
鈴璃は握りしめたティッシュを目元にあて、鼻先にあてがうようにして、くぐもった声をだした。
「いじめてるつもりなんてなくって、イジってるっていうか、後から来た子で――」
「大丈夫。ゆっくりでいいから、相手の子の名前から教えてもらえるかな?」
南風原は慎重に言葉を選びながら手帳を開いた。
「ヨリは……相手の子は、
松本依は転校生だった。小学校五年生の春に入ってきた。生まれ自体は同じ街なのだが、父親の仕事の都合で幼いころに県外に出ており、中学校を前に戻ってきた形なのだという。
小学校も五年間を共に過ごすとすでに関係ができあがっている。依は県外から来たのもあって、転校当初は浮いた存在だった。
そのころ鈴璃は、母親の書道教室に習字を習いに来ている女子二名と仲良くしており、名前を切っ掛けに話しかけ、グループに引き入れたのだという。
「名前が切っ掛け?」
「そうです」鈴璃は顔を伏したまま言った。「依っていう漢字が入ってる名前は多いですけど、一文字だけなのは珍しいと思って、それで声をかけたんです」
理由はどうあれ、夏休みが終わるまではなんとなとく揃いがちな四人という関係だった。それが崩れだしたのは秋頃からだ。
「誘ったんです、書道教室」
鈴璃はもちろん、友達二人も通っている。依もどうか。素朴な提案だ。彼女は誘ってくれるのは嬉しいが無理だと言った。他に習い事があるのか。そうじゃない。固辞されたからだろう、グループで少しムキになってしまった。依は答えた。
『習字はいいよ。硬筆なら授業だけでも銀賞もらえたし』
やってきたことを軽んじられた気がした。だから銀賞なんて誰でももらえる参加賞みたいなものだと返してしまった。次の日には謝られたが、半日くらい無視してやった。それが後にいじめと評される事態に推移していく。
友達が言った。依って、依存の依だよね。つい乗っかった。私たちがいなかったらずっと一人だったよね。依は曖昧に笑っていた。直接的な暴力を振るったことはないけれど、ときには集まりから排斥したり、呼んでおいて話を聞かなかったり、そんなことは度々あった。
しかし、それらは六年生の夏には終わった。
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