赤西鈴璃からの聞き取り
特定の生徒とコンタクトを取るというのは、実はとても難しい。特に人目を――つまり、クラスにいるであろう告発者の目を忍び約束を取りつけるとなると至難だ。
生徒が一同に会し、担任が同席している場面は、朝のホームルームと給食、帰りのホームルームくらいしかない。生徒たちはインターネット・リテラシーの学習用に学内にメールアドレスを持っているが、日課のように確認する生徒は少ないし、鈴璃に期待するのは難しいだろう。残るは授業合間の休憩時間になるが、こちらは南風原のほうが授業の準備に忙しく偶然に頼ることになる。
けっきょく南風原が選んだのは、その偶然だった。給食のあと、鈴璃が級友二人と用を足しに席を立つのを見計らって、後を追ったのだ。
「赤西さん、ちょっといいかな?」
南風原が声をかけると、鈴里が長い黒髪を揺らして振り向いた。同時に級友二人の足も止まり、少し遅れて振り返った。
「三者面談の前で申し訳ないんだけど、進路について少し確認したいことがあって」
あまりいい理由付けとは言えなかった。他の生徒にしないことを特定の生徒だけにすると、えこ
「進路ですか?」鈴璃はなぜ私にと言わんばかりに訝しげな顔をしていた。「いまじゃないとダメですか? 私これから――」
「あー……いや、放課後、少しだけ時間をもらえないかと思って」
赤西は級友たちに顔を振り向け、つつと首を傾げた。
「どれくらいですか? 遅くなるならお母さんに伝えておかないといけなくて」
「十分か、長くても二十分くらいかな。お願いできるかな?」
「わかりました。お母さんに伝えておきます」
「頼むよ。ありがとう」
そう言って、級友と連れ立って遠ざかる背中に、南風原は思う。
――いまの子は大変だな……。
受験前という時期的なものもあるのかもしれない。十分や二十分の遅れが誤差ではなくトラブルに分類されてしまう。まるで生き急いでいるようだ。それも本人が臨んだことではなく、まわりがそうさせているように思えた。
ふいに鈴璃が振り向いた。南風原はいかにも申し訳無さそうに苦笑しながらすまないと
南風原は五限目の準備のために教室へと早足で戻った。頭の中はすでに忙しく回っている。教員用の机を手早く片付け職員室に戻る。二年生の単元を取りまとめた表を確認したのち、先週の休みで修正を加えた二年生用の板書ノートと一緒に公用のタブレットを手に取り、また急ぎ足で二年一組の教室を目指す。
戸を開けると、生徒たちの甲高い声が叩きつけるように飛んできた。昼休憩の時間はまだ五分ほど残っている。慌てて席に戻ろうとする生徒を「まだ時間あるよ」と制して板書に移る。黒板じゃないと集中できない生徒用、そして授業中に立ち戻ろうとしたとき教卓側に振り向くだけで済むようにする苦肉の策だ。
「トモキン、おっすー」
チョークを滑らせ始めると、すぐ隣に聞き馴染みのある声がやってきた。活発そうな短い黒髪に挑戦的にも映る焦げ茶色の眼差しとシャープな顎――アマネルだ。
「どうトモキン、書けそうな感じ?」
何が。おそらく誤魔化しで口にした部誌の小説だ。もしかしたら本当に書かないといけなくなるかもしれない。南風原は内心、恐々としながら言った。
「教室では先生って呼びなさいって」
ノートを引き写す単純作業ゆえに手はほとんど機械的に働いてくれる。
アマネルがニッと唇の片端を吊った。
「なんか、あれっぽいね。禁断の恋みたいな」
「笑えないって」
小さく吹き出す南風原に、アマネルは言った。
「笑ってるみたいだけど」
「たしかに」頷いて、思いつきで続けた。「ちょうどいいや。ちょっと質問」
「ん? なに?」
「聞き込みのコツとかテクニックとかあるかな?」
「テクニックぅ? ……ありがちだけど、簡単なのは秘密の暴露とか? 犯人しか知らない情報を自分から話させるんだ。たとえばトリックの種だったり、アリバイだったり、自分で崩してもらう」
アマネルはくるりと教室に振り向き少し考えてから、そのまま回って南風原を見上げ付け加えた。
「でも気をつけたほうがいいよ。先生と生徒だと立場が違うからね。怖くなって嘘の自白をしちゃうかもしれない」
「嘘の自白?」
板書を終え、南風原はチョークを置いた。
「リードテクニックとか、昔の警察ものとかね。軽犯罪で起きやすいんだけど、相手を犯人だと思い込んで証言があったって嘘の話で自供を迫ったり、本当の犯人が偽証したりするんだよ。そうすると、謝ってさっさと終わろうってなったりする」
「あー……なるほど。ありそうだな。気をつけるよ」
言って、南風原はアマネルに席につくよう促した。廊下を掛ける足音がし、校庭に出ていたらしい生徒たちが飛び込んできた。走らないようにと注意するべきところだが、元気だなという感想が先に出た。ほんの二十分くらいのために外に出て、遊び、また戻ってくるのだ。
――そりゃ生き急いでるように見えるか、と南風原は自らの老化を嘆いた。
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