告発者を見つけ出すには

 アマネルが種明かしをする手品師のような顔つきで言った。


「実は犯人は簡単に見つけられるんだよ。だってほら、投票用紙は前から配って後ろから回収するんだしさ、投票用紙を列ごとに分ければ告発文を紛れ込ませた容疑者がいる列がわかる」

「列? 人じゃなくて?」

「うん。回収のとき、生徒は上から重ねたのか、下から重ねたのか、だね。もちろんバラバラでも構わないけどね。そうしたら――」


 アマネルがショーを見やった。彼は不思議そうに自分を指差し、少し考えてから言った。


「犯人がいる列と、協力者がいる列があって……動機でつながる二人がいればいいってことですか?」

「そういうことだね。それで、」アマネルはホノミンを見やった。「誰が犯人か分かるってわけだ」


 ふむふむと頷きながら、南風原は肩越しに黒板を覗いた。

 ブチョーが教室の見取り図に書き込みを加えている。


「……なんか、単純すぎないか?」

 

 と、南風原が言うと、アマネルが笑った。


「初めて書くんだから簡単なほうがいいって!」

「うむ」ブチョーが言葉を継いだ。「問題は書く順番なのだよ、トモキン」


 カカカッとチョークが走り、癖のある字が並んでいく。


『1. 回収票に告発文

 2. 主人公のミスリード

 3. 探偵登場

 4. どの列か看破する(言わない)

 5. 聞き込み(動機・つながり)

 6. 犯人を当てる』


 まとめ終えると、ブチョーは腕組みをして振り向いた。


「私が書くなら、これだけで原稿用紙十枚くらいになっちまいやすぜ」

「なんだその言い方」


 南風原は小さく吹きだし、ブチョーにツッコミを入れるフリだけして、アマネルに訊ねた。


「これ、聞き込みって誰にするんだ?」


 全員、きょとんとしていた。

 アマネルが左右の二人を見回して、代表するように答えた。


「そりゃ、先生でしょ。受け持ちクラスの人間関係くらい――分かる……よね?」

 

 段々とアマネルの眉が寄っていき、最後には疑わしそうに歪んでいた。

 南風原は『なるほど』の一言が出てこない自分に驚いていた。自身の有無を問われても唸って見せるくらいしかできない。問題児や優等生、あるいはクラスの中心、外れにいる子――特徴があれば思い出せそうだが、赤西鈴璃のような何でもない子の関係を把握するのは難しい。この一年を振り返れば真っ先に大変だったという自分自身の感想がでてしまう。


「サイテーですね」


 ボソリとショーが呟いた。冷たい目をしていた。ホノミンも呆れ顔で、アマネルは憐れむようですらある。他方、ブチョーは苦笑まじりに言った。


「まあまあ、トモキンは初めての担任で三年の先輩方を預かる身だあ、心労いかばかりかということであろう。なあ?」

「……ありがと。けど、せめて『なあ』じゃなくて『ねえ』にしなさい」

「ははは」と笑い飛ばしてブチョーは言った。「貴重なリアルを知れたところで、ではこうしてはどうだろう。ハウダニットだけで犯人を当てるのだ」


 言って、ブチョーはチョークでアマネルを指した。彼女は片肘を机に立てて頬杖を突き、さも当然とばかりに言った。


「まあ、普通はそうだよね」

「そうなのか?」と南風原。

「そりゃそうだよ。席順も動機も状況証拠でしかないし。容疑者を絞り込む材料にできるってだけ。犯人を当てるなら覆しようのない物が出てくるか、他には誰にもできないっていうトリックを暴く必要がある」

「じゃあ――」南風原はブチョーの書いた簡単な話の筋を眺めた。「いま出てる材料だけじゃ足らないってことか? 難しいな、ミステリ」

「でもないです?」


 ホノミンが妖しげな雰囲気で唇を撫でた。


「さっきのブチョーのプレゼンみたいに自白する場合があります? それから容疑者を絞り込んで最後の犯行を止める現行犯パターン?」

「僕も加えていいなら」ショーが言った。「犯行が露見するまでが目的ってこともあると思いますね」


 フフン、とブチョーが自慢気に鼻を鳴らした。


「どうだい、どうだい、トモキン! 頼りがいのある部員たちではないかな!?」

「まったくだな」

 

 南風原は素直に感心して頭を下げた。


「ありがとう、みんな。参考にさせてもらうよ」

「ん? あれ? もういいの?」アマネルが言った。

「私たち、まだ大丈夫ですけど?」ホノミンが言った。

「いやいや諸君、時計を見たまえ」


 ブチョーが楽しげに壁の時計を指差した。時刻は午後五時を回ったところだ。十二月の太陽はすでに沈み、薄明も残り十分ほどで終わる。夜が来るのだ。


「そういうこと。真っ暗になる前に帰ってもらわないとな」


 南風原は部員たちの間延びした返事を聞きながらポケットを弄り、上着の胸ポケットを押さえ、ズボンを撫でて、帰り支度を始める部員たちに向き直った。


「誰か、スマホかタブレット持ってない? 忘れてきちゃったよ」


 部員たちは盛大に溜息をついた。ブチョーが代表して黒板の写真を撮り、すぐ南風原の電話に転送した。

 

 南風原は部屋の清掃と戸締まりを引き受け、生徒たちを見送った。考えるべきことの方向はわかった。犯人の見つけ方も。

 

 まず、提出者の名簿を改める必要があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る