紛れ込ませるには

 南風原はポケットの中の告発文から手を離し、何かを探す素振りを見せながら逆のポケットを弄り、使い捨てカイロを出した。振ってみせ、教壇と手のひらに間に挟み込む。そのあいだにブチョーが白いチョークを手にして横に立った。


「ではトモキン、我らが顧問の悩みをどうぞ」


 ブチョーの口振りは茶化しているのか素のままなのか。

 南風原は鼻で息をつき考えた。回収した卒業文集に紛れ込む怪文書。よく似た状況を考えて、


「あー……生徒会の役員選挙を題材にしようと思ってるんだ」


 前置きなしに始めたからか、ホノミンが控えめに拍手し、ショーが続いた。


「投票用紙を配って、立候補した生徒の名前を書いて、投票してもらう。だけど、回収した票のなかに――」

「あれだ。対立候補への誹謗中傷が紛れ込んでる。違います?」

 

 ショーが得意げに言い、アマネルが半目になって彼を見やった。邪魔しない、とでも言いたげに。

 しかし、南風原にとっては都合の良い提案だった。


「そうなんだ。ただまあ、誹謗中傷だったら無効票にして終わりだから――」少し胸の奥を早打たせながら言った。「対立候補への告発とかにしようかなと」

「内容は?」


 ショーが訊ね、南風原が答えた。


「あー……いや、まあ内容はおいおい考えるとして、問題は――」

「その筋だと内容が一番大事だと思いますけど」

「そうでもない?」横からホノミンが口を出した「大事なのは誰が書いたかです?」

 

 ショーがムっとした顔をして、アマネルを挟んで火花も散らんばかりに視線を絡める。南風原の背後でチョークが黒板を叩く音が聞こえた。


「――コラコラ」と、耐えかねたのかアマネルが言う。「まだトモキンのお悩みまでたどり着いてないんだからさ、まずそっちを聞こう。私たちはトモキンが書きたい話を手伝おうってだけで、読みたい話を書いてもらおうっていうんじゃないんだよ」

 

 二人が渋々といった様子でそれぞれ明後日のほうに視線を投げた。

 礼の代わりに小さく頷き、南風原は続けた。


「ありがとう。――それで、悩んでるのは、まさにその、なんだ」


 カカッ、と音を立て、ブチョーが黒板にWhodunitフーダニットと書いた。

 

「……ただ、どうやって推理させたらいいのかわからないんだよね」


 南風原が気まずそうに言うと、バキン、とチョークが折れる音がした。

 振り向けばブチョーが不審人物を見るような顔をしていた。


「それはもう……ほぼ全部わからないのと同義ではあるまいか……?」

「うん、まあ、そうともいえる」


 ブチョーがアマネルに視線を投げると、彼女は苦笑しながら言った。


「要は、投票に告発を紛れ込ませたのは誰か、って話にしたいんだよね? だったら、どうやってやったのか、で考えられるようにしたらいいんじゃないかな」


 ブチョーが声に合わせてHowdunitハウダニットと書き込む。

 南風原は両の手のひらの狭間でカイロを弄びながら言った。


「あー……投票用紙は、どこでも手に入るコピー用紙に印刷して、裁断機で小さくしたものにしようと思ってる。うちの学校もそうだからね」

「ああ、だったら簡単だ」アマネルは言った。「このあいだは体育館でやったんだっっけ?」


 生徒会選挙の投票のことだろう。南風原は頷く。


「体育館だと容疑者が多すぎるし何が紛れ込んでも不思議じゃない。それに特定も難しい。だから――教室で回収することにすればいいんじゃない? ホームルームならどの教室にも先生がいるし、票を数えるときに気付いたことにすればいい。実際とは違うけど、小説だからね。分かりやすいほうがいいよ」

「なるほど」南風原は感心しながら言った。「だったら、テストのときみたいに投票用紙を前から配っていって、後ろから前へ戻してもらって――」


 アマネルたち三人が頷き、ブチョーが黒板に見取り図つきの状況を書いていく。


「職員室に持ち帰る前に、枚数と出席者の数を合わせようとして、気づくわけだぬ」

「そう」ブチョーに同意し、アマネルは楽しげに言った。「でも枚数は合っているんだ。告発文の分だけが余ってる」

「……その一枚はどこからきたんだ?」

 

 困惑する南風原に、アマネルがカラカラと笑った。


「そこがミステリなんだって!」

「いやでも――」

「簡単だよ。どこかの列で、生徒が言うんだ。『先生、一枚、足りません』って」

「……ああ! そこで余分にもらうわけだ」

「そう」

「で、その子が告発したと」

「え」


 アマネルが口の端を下げ、ホノミンはククッと傾き、ショーが頭痛をこらえるように顔を伏せた。


「まあ、その展開を挟むのもありではあるまいか?」ブチョーが言った。「主人公はその列に犯人がいると思い込むのだよ。そのとき、探偵が登場するのだ!」

「……探偵はどこから?」

「そんなの学級委員長でいいではなかろ?」言ってから、ブチョーは「あっ」と付け足した。「もちろん、私を出してくれても面白かろうとは思いますが」


 アマネルが視線だけを虚空に向けながら言った。


「……うん。いいね。告発文は別の列の生徒が書いて、一枚増えた列に協力者がいるっていうのはどうかな」

「……なる、ほど……?」


 どういうことかわからず、南風原は続きを促した。

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