偽物のお願い
ブチョーがうんうんと頷きを繰り返し、ふいに南風原を見やった。
「どしたん? トモキン」言ってから、すぐに顔を固くする。「もしかしてルール違反で不許可とかあったりする!?」
「あ、いや、そうじゃなくて」
南風原はすぐに否定したが、部員の反応は早かった。
「先生? そこは生徒の気持ちを汲むべきだと思います?」とホノミン。
「そうですよ。だいたい最近ぜんぜん来てなかったんだし――」
つづけざまにショーの非難がましい視線が飛んで、彼の背後から
「トモキン先生の指摘は正しいよ。私は自分でプレゼンするべきだった」悔しそうにため息をついた。「――せめてプレゼンの準備くらいは私がしなくちゃいけなかったと思う」
まだ何も言っていないにも関わらず勝手に話が進んでいく。若者は話が早いとゼミの教授がボヤいていたが、こういう意味だったのだろうか。
――いやいやいや、俺はジジイか。
南風原は若者に負けじと声を発した。
「いや違うから! 別に怒ってないし、アマネルはこの経験は次のプレゼンに活かすように」
教師らしいことを言って取り繕う。アマネルが後輩二人に良かったですねとまとわりつかれ、照れ笑いし、ブチョーが一人深々と――首と一緒に上半身まで傾げていた。
「トモキンさんや、なんぞ悩み事でも?」
「え?」
ドキリとした。ブチョーはぐいんと躰を戻しながら言った。
「なにか、ずっと考えておられる」
「えっと……」
ポケットに入れたままにした手が、異様な存在感を放つ告発文を、潰さぬように握った。疑われている。そう思うと、なにか言わねばと気が急いて、
「実は悩んでいることがあって」
なんの考えもなしに、南風原はそう口走っていた。
「ほう!?」
という奇妙な息を切っ掛けに、ブチョー以下三人の丸く見開かれた瞳が南風原に向いた。しまったと嘆くにはもう遅い。先のプレゼン偽装の顛末を見る限り、下手な嘘や誤魔化しは簡単に暴かれてしまうだろう。
彼らは
で――あるならば。
南風原は考えた。いっそ、本当に相談してしまってはどうだろうか。いやまずい。告発文というだけでも不祥事なのに、生徒の実名と過去の悪行まで書かれている。ちゃんと先に宣言すれば、文学部の面々ならば、外部に漏らさないでくれると信じたいが、言っても相手は中学生で――悩む南風原に対して、ブチョーはオペラでも演じているかのように言った。
「おおトモキン! 我らが顧問よ! いま貴方は、貴方の教え子を信じるときだ!」
その大仰なセリフにアマネルが楽しげに肩を揺らしながら言った。
「どしたん? トモキン先生。文集のこと?」
「え!?」
南風原は思わず声をあげた。なぜバレた? と。何も情報は出していないのに。
アマネルの肩越しにホノミンが顔を出した。
「締切は冬休みあけの予定?」
ん? と南風原は首をかすかに曲げる。
ブチョーがホノミンの後を継いだ。
「三年生の先輩方は受験がありますからなあ。新作を乗せたい方は一月の終わりを目処にお願いしております。もし無理そうなら発表済みのでも、あるいは部の在校生に向けてコメントをお願いしようかと。
そこまで聞いて、ようやく南風原は気づいた。
「あ、ああ! 部誌の話か! 年二回の!」
文学部では部員たちが何がしかの文章をしたため編集し、年二回に分けて発行している。売れ行き――
南風原が安堵の息をつくと、部員たちは互いに顔を見合って、ショーが口を開いた。
「文集のことではないんですか?」
違う、と言ったら余計な詮索につながるかもしれない。
南風原は頷いて答えた。
「ああいや、部誌のこと。参ったな、締切のことも忘れてたよ」
苦笑してみせると、ブチョーが腕組みをして胸を反らした。
「困りますなあ、顧問ともあろう方が」
「いや面目ない……」と口にして、南風原はそうかと思った。「それなんだけど、実はみんなに少し相談があってさ」
部誌の発行があるなら、そういうテイで相談してもおかしくはない。
パチクリ
「先生ほら、ブチョーが一年のころに顧問になったろ? そろそろ先生も何か書かないとまずいかなと思ってな?」
「ほう!」
ブチョーが前のめりになり、鼻で強く息を吐いた。
南風原は考えながら話し始める。
「せっかくなら、ミステリでも書いてみようかと思って」
「ミステリ!?」
部員たちが驚きや喜びでコロコロ顔色を変えながら互いを見合っていた。
こういうとき大人はズルいなと思いつつ、南風原は言った。
「ただ、トリックに困っちゃってさ。相談に乗ってくれないかな?」
ブチョーがフンフンと鼻息を荒くしながら、丸メガネを押し上げた。
「お任せあれ! 我らのこの手で、迷える子羊を導いてみせよう!」
大仰だなあ、と南風原は後ろ首を撫でた。
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