燕子花帆乃海の疑問と、押下天然の告白、そして。
「ショーくんの話を聞いていて? おかしいな? って思ったんです?」
語尾を少しあげるような喋り方でホノミンは続けた。
「ブチョーさん? BL? がお好きなんでしょう?」
その発言の後、一拍の間がすぎるあいだにブチョーの丸眼鏡が曇った。
「ぬぁぁぁぁぁぁ!? ち、ち、違うわい! この本は男子の友情が――」
「そうではなく?」ホノミンが遮り言った。「ブチョーさん? さっきトモキン先生がBL? の話をしたとき? 私はそれがなにを意味するのか知りませんけど? ブチョーはすぐに否定しました?」
「だ、だからだなぁ!」
なお顔を赤くしつつも言い募ろうとするブチョー。
今度はショーが先を取った。
「ああ、なるほど。BL好きなのになぜ普通の本を推薦したのか」
「ぬぁ!? 誰がBL好きだと言ったぁ!」
「では聞き込みしましょう」
「んあ!?」
「先生、ブチョーはBL好きだと思います?」
急に話を振られたせいで、南風原は反射的に答えた。
「え? うん。読んでるのは何度か見たな」
「
ブチョーが顔を真っ赤にして南風原に詰め寄っていく。がしかし。
ふぅ、と吐かれたホノミンの物憂げな息が暴挙を止めた。
「そんなことはどうでもいい?」
「そ、そんなことって……」
今度はショーがショックを受けているようだった。
ホノミンは言った。
「問題は、どっちか? つまり、誰が? ブチョーさんとアマネル先輩は読んだことがあって? ブチョーさんは好みと違う本を推薦した? ということは?」
「い、いや!」ブチョーは汗でずり落ちた眼鏡を押し上げた。「好みでないとは言っていない! 読みようによっては――って、違う! その論理を述べるには我々が中学生であるという――」
「ブチョーが自分の『好き』より、その論理を優先したのなら」
「ね?」
ショーとホノミンの視線が、間に座るアマネルに向いた。
彼女は、耳まで赤くして両手で顔を覆っていた。そのままゆっくり、ゆっくりと、机の上に撃沈していく。
「……もういいよ、リッカ」
同学年だからだろう、アマネルだけはブチョーのことをリッカと呼ぶ。
「いや、しかしだなあ!」
食い下がろうというブチョーに、アマネルは首を振って躰を起こした。顔は赤いままだが、なに恥ずかしいところがあるのだと言わんばかりに腕組みまでした。
「そうだよ。私がリッカにプレゼン頼んだんだよ」
「やっぱりぃ」
と嬉しそうに言って、ホノミンが胸の前で手を合わせた。満足したのか、後はよろしくとばかりにニコニコしている。
アマネルはいまだ湯気が立つほど顔を赤くしたまま言った。
「どうやったら、みんなに読んでもらえるかなって思っただけ!」
その回答は南風原にとって意外だった。彼に成り代わるようにショーが訊ねる。
「……普通にプレゼンすれば良かったのでは?」
「わ、分かんなかったんだって!」アマネルは顔を見られまいとしてか、また手で覆い隠した。「なんかよく分かんないけど好きで、でもそれじゃプレゼンになんないなって思ったし……古いし、長いし、でも読んでもらいたいなって思って」
南風原は、まるで崖の上の告白だなあ、と呑気に事態を見守る。
「それで、ルール的にアレかなと思ったけどリッカに――」
「いや! みなまで言うない、アマネルさんや!」
なにを思ったかブチョーが声を張った。
「――もはやこれまで。私が真相を話そうじゃあないか」
相変わらず演技がかった調子だが、南風原の知るブチョーは普段からそうなので照れ隠しかどうなのかわからない。
「私は言った。この半世紀ちかくもの歴史を持つ文学部のブチョーとして、その好きをぶつければよいのでは――と。けれど、動機すなわち目的にこだわるショーは納得しないと読んだのだ」
「誰がですか?」とホノミンが口を挟んだ。
「私がだとも!」すかさす返してブチョーが続ける。「私は胸打たれたのだよ! アマネルの好きだという気持ちに! 友と語り合いたいという、その熱意に!」
恥ずかしいのかアマネルがまた撃沈した。構わず、ブチョーは虚空を見上げ手を広げながら語る。まるで女優だ。
「そこで私は考えた」すっと床に視線を落とした。「理屈は私がつけてやろうと。そして、最良の結果は部全体のコンセンサスを得ることだとしても、最悪、合議によって課題図書にしてやる方法は? そう、私がプレゼンすることなのだと!」
「……えっと、どうして?」
空気に呑まれ、南風原は小さく挙手していた。
ブチョーはビシリと指さして言う。
「推薦者は私、アマネルの賛成票が一。トモキンは許可するだろうから一。多数決で勝利するのだよ!」
「……アマネル先輩はそこまで読んで話をもちかけたと」
そうショーが付け足すと、大山鳴動、赤熱する女子が突っ伏したまま揺れた。
「そんなことしなくても? 好きだからみんなで読みたいで良かったと思います?」
「……はい」
消え入りそうなアマネルの声に、弛緩する空気。
青春だなあ、と口の中で笑いながら、南風原はカイロを取ろうとポケットに手を入れ、我に返った。
カサリと指に触れたのは生ぬるいカイロではなく、冷えきった告発文だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます