花登翔の疑問

 担当教員がいるからだろう、さきほどより幾分トーンを落としたブチョーのプレゼンテーションを聞きつつ、南風原は邪魔したかなあと内心に思う。


 中学生というのは難しい。本人たちがどう考えていようと、教員の目から見れば子供というには大人びてい、大人というには幼稚に映る。


 部活にもよるのかもしれないが、教員に求められる役割は、教育者であることよりも監督者であることのように思える。分からないことは自分たちで考えてもらいたいけれど、間違った方向にいかないようコントロールするのだ。


 しかし、そういった名目を理解していたとしても、現実はうまくいかない。


 ブチョーがまだデコメガネとあだ名されていたころ、もちろん南風原も指摘したのだ。教育的配慮である。侮蔑につながるあだ名に思えた。けれど現ブチョーは曖昧な笑みでふざけているだけだと言い、当時の二、三年生が理解したような素振りを見せていたのは、同じ空間に教員という抑止力があるときだけだった。


 けっきょく、根本的な改善はブチョーと同級のアマネルが成し遂げた。他人の悩みを自分のこととして激怒するという、極めて単純かつ美しい様式をもって。


 中学生という、大人とも子供とも言い切れない世界は複雑だ。


「――と、いうわけで、この本を今回の課題図書として推薦しようではないか!」

 

 タン、とブチョーが軽やかに教壇を叩き、両手を突っ張った。

 

「ご清聴に感謝を。そして願わくば賛同を。ご質問がある方は?」


 デコメネガネあらためリッカならぬリッキーのちにブチョーは、一年時の入部当初からは想像できないほど自信満々に言った。


 半分以上を聞き流してしまっていて、南風原は気まずさを隠すため許可しようの一言を準備し、舌に乗せようとした――が。


「はい。質問があります」


 花登翔――ショーが胡乱げな目をして手を挙げた。ブチョーの眉間に細いシワが一本、眉根を頂上に山をつくった。


 プレゼンテーションはある種の闘争だ。自説を守りながら闘争を通じて発展と成長を目指すのだ――というのは、南風原が学生時代ゼミの教授に言われた言葉である。

 

「よろしい! ショー! 受けて立とうではないか!」


 ――まあ、受けて立つとなると闘争の色が濃すぎる気もするが。

 苦笑する南風原をよそに、ショーが静かに尋ねた。


「ブチョーは、、その本を推薦したんですか?」


 は? と南風原がショーの顔を見るのと同時に、ブチョーが肩を落とした。


「なーにを言っとる! 私のプレゼンを聞いておらなんだのか!? 私は――」

「いえ」ショーは話を遮った。「ブチョーの主張はわかりました。男子の僕からしても興味深いテーマだと思います。――でも、違います」

 

 ショーの切れ長な瞳がブチョーを見つめ、彼女に丸眼鏡を押し上げさせた。


「……聞こうではないか」

「では」

 

 コホン、とショーは咳払いをいれ、南風原を指さした。とつぜんのことに、彼は慌てて背筋を伸ばした。

 

「さきほど、先生は言いました。『中学生にはまだ早い』と」


 滑ったギャグの振り返り。南風原は頬が熱を帯びるのを感じた。けれど、ショーは再びイジるのではなく、伸ばしていた指を隣に座るアマネルまで滑らせていった。


「それに反応したのはアマネルです。僕には冗談なのかもわからなかった。でも、アマネルは『うわ』と言った。それが冗談だと知っていたということでしょう?」

「ほあー……なるほどー?」


 と、アマネルを越してホノミンが興味深げに頷きを繰り返す。

 ショーは続けた。


「本の内容を交えて推薦したということは、ブチョーは内容を知っていた――つまりすでに読んだことがある。そして、先生の発言がギャグだと理解できたアマネルもまた同じ本を読んだことがある。四人しかいない文学部です。そのうちの半数が読んだことがある本を、いままた推薦する、本当の動機はなんですか?」


 ショーの視線にブチョーの口が曲がる。アマネルがいくらか顔を固くしながら「人を指ささない」と自分に向いてるショーの指を掴んで下ろした。


 そのあいだ南風原は、なるほどなあ、と感心していた。

 プレゼンを聞きながらそんなことを考えていたのか、とも。


 正直なところ、すでに読んだことがある本を推薦したところでおかしいとまでは思わない。人には何度でも繰り返し触れたくなるものがあるからだ。


 ――あれ? でも――


 南風原は横から口を出した。


「ショー。先生は、そのセリフしか知らないんだ。だからアマネルもそのセリフだけ知ってたのかもしれないぞ?」


 アマネルとブチョーが表情を和らげたが、しかし。


「いえ、先生。僕は知らなかったんですよ?」ショーは淡々と言う。「ブチョーが推薦した本はもう古典と言ってもいいじゃないですか。いくら名作であったとしても触れる機会は減っているはず。たとえワンフレーズであったとしても」


 ショーの自信満々な口ぶりに、南風原は唸りながら首を傾げる。そこに、


「はい」


 とホノミンが手を挙げた。みなの視線が集中するなか、大人っぽいため息とともに言った。


「私としては? ――どちらがプレゼンしたのか? 気になります?」

「……なんだって?」


 南風原はいよいよわけがわからなくなり曖昧に笑った。

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