文学部の生徒たち
十二月の放課後、午後四時ともなると、人が行き交いやすいよう広く作られた二階渡り廊下に生徒の姿はほとんど見かけなくなる。窓には薄っすら霜がつき、廊下を渡った先の、体育館に併設された板張りの柔剣道場からだろう、威勢のいい声が冷気とともに抜けていく。
南風原はブルっと身震いし、背中を丸めるようにして廊下の入り口に下げられた古めかしい黒板を見つめる。白い罫線の引かれた黒板で、各種部活動名と、当日の活動場所が書かれている。南風原の学校では生徒全員に型落ちのタブレットを貸し出しているが、学内という狭い世界に限っては、この古めかしい慣習もいまだ健在である。
さて本日の文学部は――と黒板をみやり、南風原は使い捨てカイロを振った。どうせ図書室付近だろうと思いきや、第二多目的室となっていた。渡り廊下の向こう側だ。映画でも見ているのだろうか。
南風原の担当する文学部は、文学とつけられそうなものなら、それと証明するプレゼンテーションを通じて認められた場合に限り、どのようなものでも許可される。マンガであろうが、映画であろうが、ときにはゲームであってもいい。
なぜなら、文学はどこにでも隠れているのだから――というのは、南風原の教育的信念ではなく、半世紀ちかく昔に創部した教員の言葉である。本来なら国語教師が担当するべきなのだろうが、一人はバレー部、一人は範囲が広すぎて無理、一人は専門性が邪魔しそうだからと断って、けっきょく社会科の南風原が貧乏くじを引いた。
そう、貧乏くじだ。ある意味で。
南風原は廊下まで響いてくる文学部部長、
「だーから言っておろうが! 男同士の友情にも嫉妬があるのだ嫉妬が!」
一瞬だけ、南風原はこのまま引き返そうかと思った。しかし、今日は立夏ことブチョーがプレゼンをする予定と聞いていた。入らないでか。ガラリと扉を開けると同時に彼は声高らかに呼びかけた。
「やってるかー!?」
「――のうわぁぁぁぁぁぁ!?」
大仰な動きでブチョーが悲鳴を発し、檄されていた残りの部員三名が
「おはよーございます? トモキン先生?」と、おっとりした声。
「おっすー」と気怠げな声。
「遅いですよ、先生」と変声期前のむくれ声。
部を仕切っていた三年生が受験に向けて引退したいま、部員はブチョーを含めて四人しかいない。女子が三人に男子が一人。いつでも転部できる環境で一年生とはいえ一人になった男子――
「おはようじゃなくてこんにちは……こんばんは? まあいいか」
南風原は神妙な顔を作って言った。
「ブチョー、先生、BLの文学性は認めても立場的に――」
「ち」ブチョーが左手足を前に出す奇妙な構えを取って叫んだ。「違うわい! 恋愛感情に基づく嫉妬ではなく親愛感情に基づく嫉妬の話をしとるのだ!!」
振りかぶり、ズバン! と黒板を叩いた。
見れば、有名な――といっても南風原はセリフの一つくらいしか知らない――ハードボイルド小説のタイトルが書かれていた。その下に一晩の友情、親愛、自由への嫉妬、と特徴的な字で殴り書きされている。プレゼンの途中からではまったく意味が分からない――が。
「……中学生には早すぎる」
南風原はフッと鼻を鳴らした。
ゆっくり、ゆっくりと、足元に冷気が広がっていき、
「うわ」
という女生徒の一言を引き金に空気が凍る。振り向けば、ブチョーは白けた顔をしていて、女子一名は日頃の鷹揚さを物憂さに変じ、味方のはずの翔すらも目を背けている。そして、うわと発した二年女子、副部長の
「トモキン、うちの親父みたい」
押下天然――アマネルは名付け親である父のセンスを毛嫌いしている。一年時に入部した陸上部で丸一年、名前についてからかわれたのが原因だ。二年に進級すると同時に転部し、初日から
「大人って、いっつもそうですよね?」
ふぅ、と物憂げな息をつき、残る一年女子、
「私たちもう中学生ですよ? ミステリくらい、読めますよ?」
そうじゃない、とは誰も言わない。口調と雰囲気と気配だけをとれば中一どころか高校生にも女子大生にも思えてくるが、実態は教科書の源氏物語に赤面し少女マンガも恥ずかしくて読めない。苦手を克服するため文学部に来たものの、恥ずかしいというのも感想だからと大事にされていた。
「あー……とりあえず、もう一回、簡単にプレゼンしてもらっていいか?」
南風原は個性的な文学部の面々を見回し、苦笑した。
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