第三十四話「変わりたいという願い」


「まず昨日の話は私たち以外は知らないから気を付けて」


「分かってる……だが、本当……なんだな?」


「ええ、優姫は……お父さんに対しても男性恐怖症が出て本当に先輩しか頼れる男の人がいない……だから」


 だから今は一人暮らしをしている。優姫のお母さんは事件のショックで倒れ今も入退院してる状況で優姫の面倒すら見れないそうだ。幸いと言っていいか分からないが俺の実家からの賠償金で当座のお金に困ってないのだけが救いらしい。


「優姫も言ってたけど気にしないで先輩……」


「……するだろ俺の親族の……兄のせいで家族をバラバラにしていたなんて……兄も、そして俺も……」


 事件の被害者は直接の人間だけではない。家族や友人知人にまで及んでいる。紅林は恐らく、そんな状態の優姫を放っておけなかったのだろう。


「それは……でも周りから木崎家だけじゃなくて北城の家まで散々叩かれた。マスコミや関係無い人まで一緒になって何も知らない癖に……」


「ああ、兄達への対応が遅れ君らと再会した時、あの時も祖父は大変だった、俺は祖母を守りながら毎日ビクビクしてた……でも受け入れた」


 当時のNCグループは崩壊の危機を迎えていた。祖父は広樹の金だけでは足りない分は私財を投げ打って被害者の救済に努めた。だが当然ながら企業のトップとしての資質を疑われ株価も暴落し絶体絶命。だが、とある人物の介入により状況が大きく変わったんだ。


「謎のお金持ち、だっけ?」


「一切の個人情報を祖父以外に明かさない代わりに巨額の融資をした謎の男、通称ミスターYあの人のお陰だ」


 その人物は辞任しようとした祖父を押し留め役員会や株主をも黙らせた。しかも彼のお陰で兄の敵対的買収や協力者も特定できたと後から教えられた。祖父は兄に強気に言ったが実際は追い詰められていたと俺には漏らしていた。




「じゃあ今の所はそれくらいで、とにかく先輩は優姫をお願いね」


「ああ、その……紅林」


 一連の優姫の話を聞いてから目の前の紅林を見て思った事が有った。先ほどから優姫の話ばかりで自分の話は何もしていない。だから気になった。


「なに?」


「紅林は……その、家族とか……大丈夫、なのか?」


「心配しなくても、何も――――「隠してること、無いの……か?」


 そうして見た紅林は何か違和感が有った。あの日、拒絶された時から俺は彼女という存在を深く見ないようにしていた。だけど気になってよく見た瞳は何か濁った変な感じがした。理由は無いがそう感じたんだ。


「……無いわ。健康だし大丈夫、うちの家は図太い人間が多いのかも」


「ああ、そうか……そうなんだ」


 俺を捨てた時とも二年前の弱々しい瞳とも違う。その瞳は暗く何か奥に隠しているような嫌な瞳だ。だから俺は、その瞳の奥の何かを引きずり出して正体を突き止めたいと思った。


「じゃあ、そろそろ優姫も起きるから、これで」


「ああ……」


 紅林……お前が隠すなら優姫を盾にして俺から逃げるなら原因を突き止める。それが俺という人間からお前を解放する唯一の道だと思う。そしてドアが閉まったのを見て俺は呟いた。


「悩むのも、後悔するのも……もう疲れたんだよ俺は……だから」


 なら俺がやるべき事は一つだ。三年も一緒に色んな風景を撮ってきた相棒を見て俺は決意を固めた。




「おはようございます北城さん」


「あ、えっと……那結果さん?」


 俺が下の階に降りると快利の秘書で紅林の面倒を見てくれた那結果さんが忙しそうに朝食の配膳をしていた。


「はい、間も無く用意ができますので少々お待ちを」


「……あの、快利は?」


「恐らく自室かと、お呼びしますか?」


「いや、いいです……後で俺から行くんで」


「そうですか、それと北城さん?」


「何ですか?」


「快利に頼り過ぎてはいけませんよ?」


 そう言うと那結果さんは行ってしまった。やはり俺は快利に頼り過ぎているんだろうか。初対面の人にですら見抜かれているのは相当だ。


「私も悠斗と快利さんは近過ぎると思う……いつも話してるし」


「優姫……急に後ろに来ないでくれ」


 背後に居たのは優姫と紅林だった。バイトで身に付けた背後に回り込まれる前に回り込む謎の特技が生かされていた。その優姫は白のゆったりとしたワンピース姿、対して紅林は動きやすいジーンズに黒のシャツで両者は高校時代とは真逆の恰好だ。


「確かに近い感じよね……優姫と同意見よ」


「紅林……お前まで何言ってんだ?」


 やはり俺には二人が何を考えているか分からない。そもそも二人だって常に一緒で仲が良いじゃないか。俺だけ一人で……だから快利と、唯一の友達と一緒に居たって良いと思う。


「あ!! 末野さん、それに紅林さん……あ~、あとオマケの御曹司も」


「なんだ三芳か……小川はどうした?」


「なんか腹痛いってトイレ行った。それより末野さん良ければ僕とモーニングを、昨日の撮影会で心の距離も近付いたんじゃない?」


 何を言ってるんだコイツは? そう思って前に出ようとした俺をなぜか紅林は手で制した。そこで後ろから別の男性、ペンションの給仕の人が朝食を運んで来た。だから俺は即座に優姫の背後に回っていた。


「え、えっと……その、あっ……悠斗」


「大丈夫、北城に慣れてるなら俺でも……いや、むしろ俺なら君をまも――――」


 だが優姫は話をほぼ聞いておらず俺が後ろに回った瞬間、目が合うと笑みを浮かべた。そして軽く息を吐いて大声で叫んだ。


「あの!! 私、悠斗じゃないとダメな体なので!! ごめんなさい!!」


「まだ告白すらしてないのに!? あんなに一緒に話したのにいいいいいい!?」


 全力で食堂を走り抜けていくと入れ替わりでトイレから出て来た小川が呆れた顔をしていた。


「あれは話したんじゃなくて、一方的に話し続けてただけだったぞ」


「そうだったのか小川、もっと気を付けなきゃな優姫の周り……」

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