第四部 それぞれの思惑

第三十一話「星空の記憶」


「紅林……大丈夫だろうか」


「やっぱり私達も早めに……」


 優姫の言う通りだが先ほど断られたのを悩んでいた。どうせ俺の助けなんていらないのでは? 少し距離が縮まったと思ったのは俺の勘違い? 先輩なんて呼ばれて調子に乗っていたのではと様々な憶測が脳裏を過ぎっていた。


「那結果が付いてるから大丈夫、それより朝霞さんが何か話すみたいだぞ?」


 快利の言葉で俺は朝霞が部屋の中央で話をしていた。今後のスケジュール発表だ。


「さて、紅林さんの体調も気になる所だがこの後の予定だ。主に二つ、一つは夜間の撮影について一応は深夜の0時までで諸注意が――――」


「夜間撮影? 夜も写真?」


「ああ、夜景とか星とか天体観測とか、あれに近い感じだ、中学の時に天文部がやってたろ?」


 俺が言うと優姫も思い出したように頷いていた。


「天体観測……あの時は、あっ、何でも……」


 中二の冬……寒空の中で俺達は出会った。


「……中学の時、だよな……冬の」


 必死に絞り出した声は蚊の鳴くような小さな声で、だけど俺はあの日の星空を一生忘れないと思う。


「うん……その……」


「あの時……優姫は泣きそうで」


「うん……覚えててくれたんだ……」


 そう言って寂しそうに微笑む優姫を見て俺の中で過去の彼女と重なった。あの時も泣きそうで、あいつに穢されていた時も同じ顔をしていたのに……何で気付かなかったんだ……俺は……だから我慢できなかった。


「俺が!! あの時の事を忘れるはず……ないっ、から……今も……ずっと」


「……うん、そうなんだ……嬉しい……」


「あ~、こっちは気にしないで大丈夫です。少しイチャ付いてるだけなんで、必要事項は後で俺が二人に教えるんで続けてどうぞ~!!」


 快利が何か言ってるが俺と優姫は聞いて無かった。お互いに中学時代の出会いを思い出していたからだ。



――――中学時代


「こんな所で、何してるの?」


 塾帰りの夜……俺は寒空の元、自転車で冬の町中をブラブラしていた。そこで自分の中学の制服を着た女子を見つけ思わず声をかけていた。今思い返してみて自分でも大胆だったと思うけど理由が有った。家に帰りたくなかった。


「え? あっ……二組の頭いい人?」


「頭いいい人って……僕は木崎、木崎 悠斗って名前だけど?」


 当時も必死に勉強していた。学年一位は当たり前、県内の模試でも一桁代の順位はキープし得意科目は一位も取った事だって有る。全国模試も百位以内に入る事も多かった。でも家族は誰も褒めてくれなかった。


「そうなんだ、あ、私は末野……優姫」


「初めまして……それで何でこんな所にいたの?」


「えっと、その……友達を待ってて……」


 そう言われて周囲を見回すがコンビニが一件有るだけで他は少し小高い場所に立つ神社の鳥居が見えるくらいだ。


「誰もいないけど……コンビニとか見た?」


「うん、天文部の人が天体観測するから手伝ってて言われて……それで」


 そう言って神社の入口を見る。夜の神社は不気味だし階段は百段以上は有りそうで危険だ。確かに天体観測はできそうな場所だと思う。


「そうか、じゃあ行けば良いんじゃないかな?」


「でも怖いし……」


「なら行かなければいい」


「行かないと、またクラスでハブられる……私、転校生だし」


 そこで俺はクラスメイトの話を思い出す。東北の方から引っ越して来た可愛い転校生の話だ。確かに可愛いかも……なんて何を考えているんだ僕は……。


「そうか……なら、行ってみる? 上に?」


「一緒に、来てくれるの?」


「ああ、僕も暇だし、夜とかよく出歩いてるから慣れてるし、余裕だし」


 家に帰っても兄達にイジメられるか部屋で勉強か息抜きのアニメそれと筋トレしかやる事は無い。だから夜の町は少しだけ知ってる……コンビニとかよく入るし。


「じゃ、じゃあ一緒に来て、欲しいかな……」


「し、仕方ないなぁ……じゃあ行こうか」


 少し得意になって自転車を止めるとスマホのライトを頼りに彼女を先導した。まるでアニメの主人公になった気分で階段を登り切り境内に到着した。




「……って誰もいない? 何で?」


「時間は間違えて無いの?」


「うん、19時に待ち合わせって言われてたから……」


 それを聞いて俺は耳を疑った。19時……つまり彼女は二時間以上も、あの場所で待っていたという話になる。


「えっ!? 今は21時過ぎだよ、何時から待ってたの!?」


「えっと18時くらいかな? 誘われたの初めてだし……」


 それを聞いて頭を抱えた。鞄は持って無いから家には帰ったみたいだが……夕飯を早めに済ませ、ずっと待機していたみたいだ。


「家に帰って連絡とか考えなかったの!?」


「私スマホ持って無いし家に戻ってすれ違ったらダメかなって」


 そこで気になって優姫の話を聞いたのだがハブられているなんて生易しいレベルでは無く、明らかなイジメだと気付いた。だけど本人に直接言うなんて出来なかった。


「とにかく今日は遅いし家まで送るよ」


「うん、そう……だね、天体観測してみたかったなぁ……」


「天体観測なんて星を見るだけさ、ここなら、ほら……少しは町中より星が見える程度で天体望遠鏡なんて金のかかるオモチャさ」


 これは兄の受け売りだ。市販の物なんて子供騙しだと以前、両親に連れて行ってもらった天文台での話を自慢気に話していた。当たり前だが俺は連れてってもらった事なんて無い。


「そっか、じゃあ直接見るくらいは……あ、でも少ないね星」


「そうかな? 割と多い方だと思うけど、あれは飛行機だ」


 二人で夜空を見上げて互いに感想を言う。あれが一等星だとか、星座とか分からないとか他愛の無い話だ。でも楽しかった……が、その時間は唐突に終わった。優姫の両親が迎えに来たからだ。


「天体観測が中止になったって家に連絡が、あら、そちらは?」


「あ、俺は……」


「一緒に、待っててくれた木崎くん……」


 優姫の両親に囲まれた俺は言い訳した後に自転車で逃げるように現場を後にした。ちなみに後で分かったがイジメの主犯が天文部の人間に無理やり呼び出しをさせたらしい。そして数ヶ月後、俺と優姫はクラス替えで同じクラスになった。


「一年間よろしく、木崎くん」


「ああ、よろしく末野さん」


 これが俺達の出会いの話だ。

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