幕間その3 秘密

――――紅林 芽理愛メリア視点


「もう、大丈夫ですから本当に」


「ええ、あなたの顔色を見れば分かります、ですが今は安静に」


 迂闊にも倒れてしまった私はペンションの自室に戻されていた。最近はアレが何度も来る。ここ一年は落ち着いていたのに何で今さら。


「……分かりました」


「水か何かお持ちしましょうか、紅林さん」


「いえ、本当に大丈夫ですから」


 大丈夫なのは本当で驚いた。過去ここまで体が瞬時に回復したのも痛みが和らいだのも初めてで、いつもなら落ち着くまで少し時間がかかるのに一瞬で、だから完全に油断していた。


「そうですか、なら少し質問を……その後遺症はいつから?」


「っ!?」


「自覚症状は有ると、なら事件後からずっとですね?」


 後遺症の事を何で知って……何者だ? それに快利って男も昼に私にあんな事を言って、まるで私の真意を知ってるようだった。でも、これ以上気取られたくない。まだ私にはやるべき事が残っている。


「何の話ですか? 少し気分が悪くなっただけです」


「嘘をつくなら万全な時をお勧めしますよ、芽理愛メリアさん?」


「あなたに嘘を付く必要は有りませんが?」


 とにかく今はバレないように次の手を考える。だが甘かった相手は優位な立場で当たり前のように私の痛い所を突いて来た。


「強情ですね、ならTDの件を北城さんにバラしたら面白そうですね? 彼の反応に興味が有ります」


「っ!? それは、それだけは!! 木崎くんに言うのだけは!! あっ……」


 普段なら絶対言わないのに何で簡単に墓穴を掘ったんだ私は? やはり体が万全じゃないからか……でも今の言葉は迂闊過ぎた。


「なら大人しく全て吐きなさい」


「……ど、どこまで、知ってるの?」


「さあ、どこまででしょうね、TDとストフリ事件と言えば納得してくれますか?」


 返って来た答えは最悪だった。


「……全部知ってるのね」


「細かい事情は知りません、でもあなたが北城悠斗と末野優姫のために動いているのは調べが付いています」


「なら、お願い!! 二人にはこのまま、優姫には時間が!?」


 自分と違って優姫に残された時間は少ない。私は今の所は後遺症で苦しむだけで済んでいるが優姫は違う。だから私はあの人の話を飲んで無理やり木崎くんに近付いた。手段なんて選んでられなかった。


「あなたと同様に中毒者……でも変ですね表に症状が現れてない、ああ、なるほど、あの腕ですね? 運良く患部ごと大部分が抜けて時間が出来たのですか?」


「……そうよ、どうせ信じられないでしょ!?」


 医者ですら匙を投げた今の私達は延命治療を受けているだけだ。優姫はあの事故で偶然にも汚染が酷かった左腕と血液を大量に失ったお陰で助かったと診断されたが真実は不明だ。こんな荒唐無稽な話は関係者以外には出来ないし私自身も未だに信じられないでいた。




「いいえ信じます。むしろTDなら当然です……そういう事ですか、あのクズの遺した薬なだけは有りますねI因子だけでも厄介なのに……」


「あい、因子?」


「それは別件です。それであなたは何回アレを?」


 目の前の女は例の薬にも詳しいようだ。それに別な単語まで出て来た。でも警察ですら分かってない情報を目の前の女は何で持っている? どういう事だ?


「正確には分からない……でも、高校の時の睡眠薬それに、あの木崎広ク ズ樹に八回は投与されたみたい……」


「今は全て抜け切って後遺症のみ、でも辛かったのでは? 彼と会うのは……」


「自業自得よ、これは私の罰だから……嘘を付くのも慣れたわ」


 最初は誤解を解くため無理やりバイトと言って何度も木崎家に押し掛けた。幸い広樹に対して切札が有ったから私の要求は通ったが彼は引っ越した後で全てが手遅れだった。


「なら、なぜ泣いているのですか?」


「彼の前以外でなら泣いたっていいでしょ、それにこの後遺症、凄く痛いのよ」


 苦笑いでごまかすが本当だ。今は慣れたが最初の数ヶ月は耐え切れず痛みで寝不足になった時も有った。


「やはりTD……いえ正式名称『タイムダーク』は肉体をも蝕む、か……ですが本来は精神作用のみなはず、それが今やフィクションの自白剤以上の劇薬にまで進化したなんて、ですが精神が壊れなかったのは幸いですね」


「……医者や警察も同じこと言ってた、廃人や死人も出たって……でも、私は……」


「代わりに洗脳状態になった……違いますか?」


 洗脳……冗談だと思いたいが現実だ。高校生の時の一定期間、私はドラッグで精神を操られていたと後で教えられた。私以外の被害者も生き残りは全員が同じ症状と説明も受けた。でも後から無様に操られてましたなんて言えるわけ無かった。


「あなたは原因を知ってるの!? あれで優姫は情緒不安定になって入院先を抜け出してまで会いに行ったのにトドメは木崎くんからの言葉よ!! あの子が男性恐怖症になったのだって!! それに私だって……本当は……」


「でしょうね。あの外道は好きの反対は憎悪や恨みと妄信するクズです。そのためにTDの原型を作り出した……彼と何が有ったかは知りません。ですが洗脳され真逆の事を言わされましたね?」


 その瞬間、私が最も忌むべき記憶を思い出していた。操られても記憶は残るという最悪な副作用、私は彼を徐々に避けるようになり最後は卑怯者と罵って嘲笑い拒絶した。優姫は薬から逃れようと抵抗していたのに私は簡単に操られた。そんな自分が許せなかった。


「そうよ!! 気付いた時には全部……遅かった!! 何であんなことを言ったのか分からなかった……何で!! どうして私は好きな人を拒絶したの!? 知ってるなら教えてよ!?」


「単純です警察からの説明通り精神が壊れない代わりに洗脳された、それだけです」(やはり完成度が上がってる? 何者かが意図的に改良した?)


「でも、やっぱり私の意思なんじゃ? だって、そんな都合のいい薬なんて普通は有り得ないし……存在しないもの」


 自分の症状はこの数年で何度も調べたし神話的なアプローチもして変な占いや呪術の文献も調べたが胡散臭い宗教や村の逸話ばかりで諦めた。そんな時に彼の写真を偶然見つけて決心を固めた私は打診された計画に乗った。


「ええ、確かに普通は存在しません……だから私や快利が来たのです」


「あんた達なんなの!? もう私は……あの二人を助けるって、計画に乗るしか無かった!! 私の罪は……永遠に消えないんだから」


 私の叫びを聞いた目の前の女は表情を和らげるとフッと口元に笑みを浮かべ私の手を取った。その顔付きは自信に溢れた強い目で憧れた。


「なるほど……では黒幕のあの方に対し私達は救世主とでも名乗っておきましょう、そして私の敬愛するマイマスターならこう言うでしょう」


「マイマスター?」


「これから先はヌルゲーの時間だとね? 紅林 芽理愛ここまで一人でよく戦い抜きました……私達、七愁時因しっしゅうじいんは勇気有る者を決して見捨てない!!」


 もう私の人生は終わりだと諦めていた。だから二人を最後まで見守り墓まで秘密を持って行こうと思っていた。でもこの日から私の運命は大きく変わり始めた。




第三部 旅先でもトラウマ? (完)

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