第三十話「尽きない自問自答」


 人は撮りたくなかった。とにかく風景が一番落ち着いた。もちろん動物は撮るし鳥やリスは練習になるから撮影はする。でも人間は撮りたくなかった。


「そう、なんだ……」


「それに……いや、何でもない」


 写真だと形で残ってしまう。だから優姫との過去の写真は全部消した。連絡先と一緒に全て消し去った。じゃあ何で俺は紅林の連絡先を消せなかった? あの時にあれは捨てられたのに……どうして消せなかったんだ?




「悠斗?」


「とにかく人物は苦手で――――「悠斗先輩、いいですか?」


 そんな俺達に後ろから声をかけて来たのは紅林だった。少し気まずかったし今回は助かった。だが振り返った俺達をカメラが待ち構えていた。


「えっ!?」


「あっ……」


 気付いた時には優姫と俺はファインダーに収められていた。完全な不意打ちで俺達は固まっていた。


「本当にカメラを持ってる時は油断してるんですね、先輩?」


「えっ、な……それは!?」


「三芳さん達も有益な情報をくれました」


 本当に紅林は的確に俺の嫌なとこばかり突いて来る。本当に俺に尽くすとか言ったあれは何だったのか、それに三芳も余計なこと教えて……今夜覚えとけよ。


「くれっち!! 強引過ぎるよ」


「私はこのくらいで良いの、後で部屋で写真渡すから優姫」


「あ、それは欲しいかも……」


 そう言って先日購入したカメラの画面を見せ二人で笑っていた。その光景を見て俺は不思議だった。あの時、俺は確かに二人に拒絶され絶望した。でも今は怒りや後悔も残っているのに不思議と心は凪いで落ち着いていた。


「ふぅ……俺は変になったのかも……色々あり過ぎて、どうなんだろ?」


「え? どう、したの……悠斗?」


 空に向かって呟いた俺の独り言に優姫が反応していたが無視する。別に答えるのが嫌な訳じゃない。ただ俺の自問自答に他者が入って来るのに慣れてなくて面倒だっただけだ。


「悠斗……先輩?」


「二人とも気にしないでくれ、少しな……」


「そう、なら良いけど……」


 紅林まで俺の心配か、あの時の二人からは考えられない……いや少なくとも優姫は俺を案じてくれていたから、あんな行動を……なら紅林は何で今さら?


「分からない……」


「え? なにが?」


「分からない……君たち二人が……俺には分からないんだ」


「あっ……うん、そう、だよね」


 空を見上げると雲が多い……あの写真の空の青とは違う。素直に心から出た言葉は俺の本音で同時に二人の顔を曇らせていた。




「さて夕食は腕によりをかけたから堪能してくれ!!」


 夕暮れまで撮影を終え俺達が戻ると去年までのペンションの料理とは百八十度違う若者向けのパーティー料理が並んでいた。


「これ、快利が作ったの?」


「ああ、これでも料理はちょっとしたものなんだ、それに今日はビーフシチューと洋食を中心とした簡単な物ばかりだからな」


 そして出されたのは茶色い料理が多かった。ビーフシチューは仕方ないが圧倒的に揚げ物が多かった。更にビュッフェ形式でピラフやパンなども選べる上に茶色い料理の筆頭の、から揚げがタワーになっている。


「秋山さん料理……上手なんですね」


「まあ、最近はしてなかったんだが、ガキの頃から自炊してたからな」


「そうなんだ……」


 優姫と快利の話を聞きながら思った感想は一つだった。でもこれ自炊ってレベルじゃないよねって話だ。


「では皆さん、どうぞ楽しんで下さい」


 やたらサービスが良いのはこの三日間の宿泊客は俺達だけという話でスタッフも給仕をしているイカツイ男性三名とメガネをかけた美女の那結果さんだけだそうだ。


「まさか、ここまでのおもてなしとは感謝します快利さん」


「いえいえ、前のオーナーからAPの皆さんによろしくと言われまして」


 朝霞と快利の話している内容で思い出す。去年まで世話をしてくれていたのは老夫婦だった。これとは違い和風の素朴な田舎料理が密かに気に入っていたんだ。


「でも美味いんだよなぁ……これも」


「本当に美味しいよね、でも値段に合わない気も……」


 優姫の言う通りだ。ビーフシチューに使われてる肉も安い肉じゃない。から揚げも快利の技術もあるだろうが肉は全て国産だし、他のマリネやサラダに使われている野菜や魚介類も一級品でスーパーの安い総菜とレベルが違う。


「そうね、特に、からあっ……ゲホッ、ごほっ……うっ」


「紅林?」


 隣でからあげを食べていた紅林が、むせていた。優姫と俺がオロオロしていると出て来たのは意外な人物だった。


「大丈夫ですか? はい、出して下さって結構です」


「……ふぅ、え? 何でこんなに……楽に?」


 紅林を介抱したのは快利と一緒にいたメガネ美女の那結果さんだった。そう言えば昔は紅林もメガネをかけていたと思い出す。


「大丈夫か紅林!?」


「ええ、大丈夫……皆もすいません」


 口調が昔に戻っていたが俺は気にならなかった。紅林は以前も変な時にゴホゴホむせていたし嫌な予感がした。


「いえ、それよりアレルギーとかは大丈夫ですか?」


「いいえ何も、それ普通の鶏肉ですよね?」


「ああ普通のトリニクを使った、から揚げだ」


 快利の言葉に何か違和感を覚えたが今は紅林を休ませようと肩を貸すが、それを拒否し紅林は自分で立とうとした。俺はその行動にイラっとした。


「私より、優姫を……」


「いい加減にしろ、今はお前だろ!!」


「私の優先度は……低くていい、から」


 そんな苦しそうな顔で言われたら余計に腹が立つ。だが再び割って入って来たのは那結果さんだった。


「なら私が部屋までお送りします。これなら構いませんね?」


「えっと、では……お願いします」


 その言葉に素直に従った紅林を見て俺は複雑だった。また俺を拒むのか? 何でだよ変わったんじゃないのか? だから僕は我慢できず口をはさんだ。


「でもっ――――「悠斗、ここは那結果に任せてくれないか?」


 快利の言葉でハッと我に返った。同性の方が紅林も安心なのは当然だと冷静になったからだ。また頭に血がのぼって俺は……何で怒った?


「……うん、分かった快利」


「後で悠斗たちが見舞いに行く、それでいいな?」


「ええ、それまで部屋には私が付き添いますのでご安心を」


 そう言って紅林は自室へ連れられて行く。快利と那結果さんのアイコンタクトで分かり合っている関係性が羨ましかった。それだけはハッキリ分かった。

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