幕間その1 予兆


 男はネクタイを緩めると椅子にドカッと背を預けた。目の前の大型のデスクには幾つもの資料の山そしてPCの画面には複数の男女の顔写真が映っていた。


「やれやれ……人気者は辛いな」


「あなたの選んだ道では? それに例の件の後からは落ち着いています」


「ああ、だが代わりに過去の闇が動き始めている、これだ」


 画面に反射する顔は青年と呼べる年齢で秘書の言葉に頷きながら最近手に入った情報を精査し近い内に自分自身で動く必要が有ると考えていた。背広を乱雑に脱ぐとデスクに倒れ込むのを耐えながらキーボードを叩く。


「ええ、情報に間違いは無いかと……三つとも確かに潰したと思ったのですが」


「どうやらDL以外の二つは潰し切れてなかったようだ」


 そう言ってノートPCのディスプレイを秘書の女性にも見えるように青年は反対側にし画面を見せつけた。


「私には見せる必要は無いのですが……ですが事実のようですね」


「ああ、『DL事件』には無かったが残りの二つの事件には大きく関係していた」


「そう……ですねTDですか、これも私達の手抜かりですね」


「違う、俺の手抜かりだ」


 青年は溜息を付きながら目だけは怒りに燃えていた。画面に映る映像その中でも中央の黒く輝く結晶体を仇敵のように忌々し気に見て吐き捨てる。


「はぁ、本当に……また自分だけで背負いたがる、あなたは……」


「性分だ。それよりLBからの情報だがC③の連中は雲隠れらしい。だが、もう一つが、よりによって涼月総合に出たらしい」


「それは……舐められたものですね」


 青年の言葉を聞いて今度は秘書が吐き捨てるように言った。敵はこちらの縄張りに入って堂々と動いていると言われればこういう渋い顔にもなるだろう。


「蛇王会の人間にもリークしたそうだ、上手くけん制し合ってつぶし合いをしてくれると良いのだが……何とも言えないな」


「それより口が軽過ぎますね、あなたの子飼いの情報屋は」


「まだ研修中だ勘弁してやってくれ、あいつも……春満も頑張ってんだ」


 その辛辣な評価に青年は苦笑すると次の画面にスライドさせながら言った。それに答える秘書も苦笑で返す。


「ふっ、我々の現状では致し方ない……ですね」


「ああ、今の俺達は迂闊に表には出られないからな……」


 そして画面に出たのが今回の最大の懸念事項だ。そこに出た文字は件の情報屋からもたらされた予兆とその証拠で裏を取った結果は黒だった。


「しかし、本当なんですか? 越えて来た者がいると?」


「ああ、俺やお前それに皆の監視網でも限界は有る。それに向こうでの騒動の際に俺の目を盗んで来た可能性も……」


 そして二人は最後に情報屋からのメール、その最後の一文を見てやはり同時に溜息をついた。



『ストフリ事件残党に動き有り、奴らはサンプルを求めている模様、注意されたし』




第一部 初恋も好きな人も奪われた情けない僕 (完)

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