第十話「新天地」


 学食の一番安いBランチを食べながら俺はしつこい先輩達の就活の話を延々と聞かされていた。そして話題はサークルの飲み会の話に移っていた。


「それで? 今日は来てよ~御曹司ぃ~」


「はぁ、興味が無いんで……」


「んなこと言わないでよ、先輩の頼みよ~」


 俺は先輩から何度目かのしつこい飲みの誘いを、にべも無く断ると溜め息を付く。目の前で四年生の横瀬先輩が諦めないで俺を飲み会に誘い続けていた。


「今年は俺も三年で忙しいんです」


「二年の時もそう言ってたじゃん、来なよ~?」


 人懐っこい笑みで迫る目の前の小柄の女傑は我が大学の芸術系サークルAPこと『アーティスティック・パワー』の代表の横瀬先輩だ。この容姿と性格で同級生や後輩に慕われている。そして俺は一年の頃に目を付けられ気付けばサークルに所属させられていた。


「新歓の飲みなら俺が行かなくても良いですよね?」


「去年あれだけ目立ってたんだから来てよ特別賞く~ん」


「それ言うの止めて下さい……ほんと」


 だが俺は密かに横瀬先輩には感謝してる。もちろん恋愛感情は無いけど彼女のお陰で俺は大学生活をそこそこに過ごせているのは事実だ。今は例の事件の後始末から二年が経過し俺は大学三年になっていた。


「だって写真始めて一年ちょっとで特別賞とか、昔からやってる私の立場無いじゃん、イジらせろ~!!」


「いい加減にしろ、北城が困ってんだろ?」


 後ろから声をかけて来たのが同じ四年生の先輩で幸手さって先輩だった。メガネが似合う系の男子で横瀬先輩のブレーキ役だ。


「でもさ~、今日は新歓だよ~、就活で地獄を見てる私らのストレス発散よ!!」


 じゃあ俺いらないじゃんと思うけど横瀬先輩は駄々をこねる。他のテーブルを占領し聞いてるだけの他のメンバーは巻き込まれないように距離を取りつつニヤニヤして成り行きを見守っていて、いつもの流れだ。


「今日くらい頼めないか北城? 顔合わせも有るからさ」


「まあ……先輩方が言うなら……」


 だけど最後は折れた。何だかんだで流されるのは昔の頃のままだと内心で自嘲しながら場所を聞いていた。


「助かるよ、やっぱり入賞者が来ると盛り上がるし今年はもうお前だけだ……本当にありがとう」


「ただ、バイト先に寄ってからでも良いですか?」


「熱心だねえ、修行だっけ? 野菜コーナーのエース君?」


「はいはい、いつもご贔屓ひいきにありがとうございます」


 あれからも俺は祖父の言いつけ通り実家の事業のスーパーで今も修行バイトと言う名の研修をしていた。そして偶然にも野菜コーナーで働いている所を二人に見つかった。


「今日はシフト無いんじゃなかったの?」


「来てくれって、さっきスマホに……これです。なんか話が有るみたいで」


 明後日のシフトの時で良いのにと思ったが急用らしい。少しだけ話が有ると言われたから俺は店長に後で行くと返信していた。


「ほんとだ、じゃあ時間は18時ね。サークル名で予約したから、会費は一人……えっと三五〇〇円ね、新入生の分はアタシら持ちだから」


「なるほど分かりました。会費、それとこれカンパです、どうぞ」


 俺は財布から一万円札を二枚、幸手先輩に押し付けると驚いて声を上げていた。横瀬先輩は口笛をピュ~と吹いて何人かのメンバーは歓声を上げる。


「おい、お前を呼ぶのはそういう意味じゃ……」


「金なんてカメラ以外に使いませんから、では後で!!」


 それだけ言うと俺はトレーを持って学食を出た。今の俺は何とか新しい生活に馴染んでいた。二年という歳月が僕を俺に完全に変え心の傷はカサブタくらいにはなって強くなったと……そう思っていた。この日までは……。




「明後日からの新人バイトの教育……ですか?」


「ああ、今までも何回かやったろ? だから今回も頼むよ」


 それは問題無いが気になったのは店長がわざわざ呼び出してまで言う話だろうかという点だ。だから他に何か有るのか尋ねていた。


「何か有るんですか? 呼び出しなんて」


「いやぁ、実は、そのぉ……女の子なんだよね新人が君と同い年の」


「えっ、それは、俺はダメだって前から……」


 俺は今までの配置先は全て男性か年が離れた既婚女性のパートさんしか居なくて、過去に指導した相手は全て男だった。お陰で職場でも女嫌いとかホモ疑惑が囁かれているが女避けにはなって助かっている。


「ごめん、でも今……ちょうど手が空いてるの君だけなんだよ」


「はぁ、ですが――――「頼むよ、面接した感じ良い子だったしさ、ね?」


 ここで断るのは簡単だ。だけど社会に出た時に苦手だから仕事が出来ませんとは言えない。それに祖父に後継者候補として選ばれた時に決めた。強くなりたいって……俺は変わらなくちゃいけないんだ。


「は、はい……頑張ってみます」


「ありがと~!! じゃ、明後日から頼むね~」


 引き受けた以上、頑張らなくてはならない。でも大丈夫だ店長も良い人だと言っていた。そして俺はそのまま休憩室を出た。



――――祖父、厳斗サイド


「よろしかったので? 会長?」


「ああ、すまんな吉川」


 悠斗がスタッフルームから出て行くのを見送ると反対のドアから入って来たのは悠斗の祖父である北城 厳斗みねとだった。


「俺、いえ私が会長の指示を聞かないわけ無いじゃないですか……ですが北城くん、いえ悠斗さんの件、本当に良かったのですか?」


「頑張る……それだけではダメだ。悠斗には更に上に行ってもらいたい。だから何でもやってもらわなくてはな……それは過去との因縁もだ」


 それだけ言うと厳斗は吉川店長に孫を頼むとだけ言って店を後にした。そして裏に待たせていた車に乗った。


「家まで頼む中野……」


「はい、旦那様……先ほど奥さまが例の方と面談されたとお電話が……」


「そうか、分かった。では家まで頼む。改めて私も話したい」


 一方その頃、悠斗は飲み会の会場には直行せずコンビニに入っていた。

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