第九話「一方通行の懺悔と後悔」


「なっ……その……それは」


 話の内容が衝撃的なのに本人が、あっけらかんとしてるから困惑する。だけど優姫の時と同じように嫌がらせ目的という点は共通しているから説得力は有った。


「あっ、気にしないでいいよ……自業自得なの分かってるから。あそこまで言って騙されてたなんて笑えるでしょ? もっと笑っていいんだよ?」


 自嘲気味に言いながら改めて赤裸々に話された内容は僕の転校後の話だった。




「君が転校したら彼、急に冷たくなって久しぶりに呼び出されてパーティーに連れて行かれたんだけど……いつもと場所違ってて、ほんと殺されるかと思った」


 話によると広樹に連れて行かれたのは事件の起きた会場らしく本来なら優姫と同じ目に遭うはずだったらしい。実際、飢えた男に囲まれて覚悟したそうだ。


「でも君は助かった?」


「うん、優姫が逃がしてくれたから……」


 話によると優姫がギリギリで逃がしてくれたらしく僕の転校後は二人で助け合っていたらしい。しかも広樹と取引し身の安全も確保していたそうだ。


「そう……その取引の内容は?」


「私が彼に眠ってる間にされた、そういう動画を逆に晒すって脅したの……」


 動画は見せられないと断られた上で内容を聞くと、どうやら俺に向けて撮影していたらしい。だが致命的にリスクの多い動画だった。バッチリと犯人である広樹の顔が映り自分の学生証を見せびらかすという代物だったのだ。


「……弱味を握るなら普通は相手の、君の物を晒すんじゃ?」


「分かんない。ただ大声で、その……君に見せ付ける感じで動画に映るように名前と大学名を叫びながら……私を犯してた」


「そう……か」


 そこで会話は止まった。余りにも想定外で同時に荒唐無稽な話に固まった。僕は昨日の優姫みたいに激情に囚われる事は無かった真実が気になったからだ。


「全部……ほんとだったね」


「なにが?」


「あの時の忠告。ほんとバカだった。後から警察で聞かされたんだけど優姫は君と話す時、常にもう一人のお兄さん達に発信機付きで監視されてたって……私たち、その音声とかのお陰で逮捕されなかったんだ……」


 その言葉に彼女が反省しているのが分かるし力無く笑う表情で本心なのは分かった。だが今さら過去は取り戻せないし今この胸に有るのは喪失感だけだ。それに僕は……優姫に取り返しのつかないことを言ってしまった。


「そう……」


「うん、だから、あの時のこと、ごめんなっ――――「それだけは、やめて欲しい。言わないでくれ」


 だから僕の口から咄嗟に出たのは拒絶の言葉だった。


「えっ?」


「今さら謝られても全て手遅れだ、だから謝罪なんてしないで欲しい」


 何を言われても今の僕にはトラウマだ。今までの話が全て本当で二人が事件の被害者としての側面が有るのは納得したし同情する……だけどそれがどうした?


「なんで……わたしっ!? あの時のことずっと木崎くんにっ!!」


「謝って、自分だけ……楽になろうなんて考えるな……」


 謝る方は簡単だ。言葉を待てば良いだけだ。でも謝罪を受ける方は違う。どちらにしても傷付くし不平等だ許すなんて出来ないし……僕は、俺は認めたくない。


「それは……でも……」


「俺に悪いと思うなら……謝るな……謝らないでくれよ」


「………うん、分かった、あなたがそれを望んでくれるなら……」




 そこで僕は改めて紅林さんを見た。今の彼女は髪型も服装も高校時代と違う。もしかしたら広樹の趣味かも知れない。そんな嫌な思いが脳内を駆け巡るが僕は肝心な事を思い出した。今日ここに来た理由だ。


「この家だけど近い内に更地にするからもう来ない方が良い」


「そっか……そう、なんだ」


 二度と来れないからと僕は先に大事物を回収したくて来ていた。


「今日までバイトしていたなら賃金が発生してるよね? 払うよ」


「それは別に……ほんと大丈夫」


「じゃあ何で今日まで?」


 下の階はサボっていたようだけど定期的に掃除に来ていたのは本当だろう。実際この部屋は掃除されていた。


「そ、それは……」


「広樹や家の者が来ると思ってたからじゃないの?」


 そしてバイト代を請求しようと考えたのではないかと推理していた。それ以外で捨てられた彼女が家に来る理由が思い付かなかった。


「それは半分正解……かな」


「じゃあ相場の値段を――――「君にもう一度だけ会いたかった……だからお金は要らない、だって……この部屋しか掃除してないし」


 そういえば昔、僕が好きだった彼女は生真面目で優しかった。三学期には見る影も無くなっていたけど中身は元に戻ったみたいだ。


「それは……俺に謝罪したかった、から?」


「うん……そう」


「勝手だな……でもバイト代は払う、今の広樹は一文無しだしね」


 とにかく僕は彼女に金を払いたくて仕方なかった。だが目の前の紅林さんは僕の提案を否定した。


「別に私、お金のためにしてた訳じゃないから、いらない!!」


「僕がしたいんだ……お金で解決して今すぐ君と離れたい」


「それは、でもっ――――「もし、もしも君が俺に悪いと思ってるのなら金を受け取って消えてくれ……」


 最後は折れた紅林さんに口座番号のメモをもらうと後日振り込むと言った。だから新しい連絡先の交換もした。もちろん振り込みが終わったらすぐに消すつもりだ。それが終わると俺は本来の目的を果たすべく鍵を取り出す。


「それは?」


「ああ、そうだ……紅林さん、最後にお願いがある」


 僕は机の三段目の鍵をかけた引き出しから大事な物を幾つか取り出すと手の平サイズの小袋を取り出す。


「なっ、なに? 何でも言って!!」


「これを処分しておいて。来月には業者が入るんだけど、この机の物は先に処分したくてね……掃除のついでにこれも捨てておいて」


「それなら良いけど……これは?」


 これを彼女に処分してもらうのは皮肉というか運命のイタズラとしか思えない。それでも僕の踏ん切りにはなるからと彼女に渡した。


「今の僕には価値の無いゴミさ……じゃあこれで失礼する」


 今度こそ僕は私物をリュックに入れ立ち上がった。さすがに長話し過ぎた。でも優姫の時ように一方的に傷付けるより理性的な話が出来て良かったと思う。


「もう……会えない……よね?」


「会えないじゃなくて、会わないだ紅林さん。じゃあ、さようなら」


 これが僕と彼女との決着だ。好きだった女の子との別れ方としては綺麗な方だと思う。だから僕の背後で「ゴメン……」と小さく聞こえた言葉に気付かない振りをして部屋を出た。僕にとってこの結末も後悔しかなかった。

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