第八話「予想外の侵入者」


「では俺は……あの家に行きます」


「ここで過ごしても良いのだぞ? 一段落ついて少しなら遊んで来ても……」


 僕は祖父と一緒に都内のホテルの一室にいた。あと数日後には向こうに戻るが、後始末以外にも用が有った。


「いえ、あの家には忘れ物が有るので……今なら誰も居ませんし」


「昨日の娘がいるかも知れんぞ?」


 誰か使いの者に任せようかと気を遣ってくれているが僕は無理を通した。もし優姫に会えたら……彼女になんと言えばいいんだろう……いや、会えたら話すんだ。今度こそちゃんと……優姫と。


「大丈夫です。それに隠し場所は僕しか知らないので」


「そうか、だが時間も時間だ……車を用意するか?」


「それも大丈夫、久しぶりに電車に乗ってきます……爺ちゃん」


 それから電車を乗り継ぎ生家に戻った。僕は逃げるように爺ちゃんの屋敷に引っ越した……だから色々と大事な物も部屋には残っている。家に着くと先日よりマシだが薄暗く陰鬱な雰囲気が有る。そして僕は一年振りに自室に入った。


「変わって……え?」


 変わって無いと言おうとした僕の言葉は疑問符で止まった。先日は家をすぐ出たから気が付かなかったが僕の部屋はホコリが無く下の階に比べ明らかに掃除の痕跡があったからだ。


「変だ……机も、床も……きれいだ」


 もちろん多少の汚れは有るが電気を付けて確認すると明らかだ。両親は数ヵ月は帰って無いという話で今はホテル住まい。半年前に捕まった兄達が来れるはずも無い。なら誰が? そう思った時にガチャっと下で鍵の開く音がした。


「え? 誰?」


 僕は侵入者だと気付き慌てて電気を消す。空き家狙いの泥棒や強盗ならまだマシだ。今の俺の状況では違うパターンの方が考えられる。


(もし兄達に恨みを持った人間の報復なら……)


 優姫のように待ち構えていた人間が居たのなら、この家に直接押しかけて来る者の可能性もゼロじゃない。


「――――てたのに――せい?」


(喋ってる? 複数人? いや独り言か?)


 家の中に反響する足音は一つだから相手は一人だと思う。声はくぐもっているが高めの声で……たぶん女。ならばと僕は部屋に残っていた木刀を取りドアの影に隠れた。


「……やっぱり気のせい?」


(先手を取れれば僕でも……)


 選択科目でしかやった事のない剣道。その時の竹刀と木刀が部屋にはまだ有った。そしてドアが静かに開いた。相手が探るように電気のスイッチを探して付けた瞬間、僕はドアの影から出て先手を取る。


「覚悟しろ!!」


「えっ!? いやっ、やめ……えっ?」


 木刀を使うまでも無く伸ばした腕を掴んで床に押し倒す。授業で習った剣道より半年前から習い始めた合気道の方が自然と出て驚いた。


「君は住居不法侵入だ……大人しく、えっ? くれ、ばやし、さん?」


「あぁ、やっぱり……帰ってたんだ、木崎くん」


 押し倒した相手が誰か僕は一瞬分からなかった。でも目が合った瞬間、自然と相手の名を口にしていた。


(紅林さんって……僕は言ったのか?)


 心の中で自問自答しながら彼女の上から素早く離れると後ずさりして油断なく睨み付ける……何で彼女が家に?




「その、久しぶり……」


「……それより、どうやって家に侵入を?」


「侵入って、えっと……広樹、くんに合鍵もらってて」


 なるほど恋人同士なら渡してても不思議では無い。あの男も余計なことをしてくれたものだ。


「……それで、ここに何の用?」


「うん、お掃除に……」


 掃除? 今の状況に理解が追い付かない僕は自然と尋ねていた。


「詳しく聞かせてもらえるか?」


「うん、じゃあ取りあえず、お茶の用意するね」


 そう言って彼女は勝手知ったる他人の家を地で行く動きを見せた。下のリビングでポットに水を入れて戻って来ると僕の机の引き出しを勝手に開け中から出した紅茶のティーバッグを入れ渡して来た。


「……俺の机の中身が……勝手に」


「うん……便利だから色々と入れちゃった、ごめん」


 改めて彼女を見ると変わった。メガネは外してて、そう言えば転校前にコンタクトに変えていたのを思い出す。髪色は茶髪で短くなっていた。でも僕は不思議と彼女だと一目で分かってしまった。


(認めたくないが惚れた弱味か……)


「いいかな?」


 だが今は状況確認だ。頷くと彼女の話を聞くことにした。だが慌てているようで要領を得ない説明で最後は話を聞き僕がまとめる形になった。


「つまり君は広樹に頼まれ定期的に家の掃除をしていた。理由は親へのアリバイ作りと……なるほど」


「他に何か有る? 何でも答えるから!!」


 嫌に元気で学級委員をやっていた時とは対照的だ。そう考えながら話を整理する。まず、この家の掃除だが僕が家を出た少し後から広樹に頼まれたそうだ。


「そして、ほとぼりが冷めて三ヶ月前から再開し家に来ていたと?」


 広樹は薬物パーティーや祖父の会社の買収などヤクザ紛いの事をしているが表面的には普通の大学生だった。そのため彼女は恋人として親に連絡や近況報告をしていたという話だ。


「うん、もう用済みだったから私は……雑用だけ」


「用済み?」


 二人は恋人同士では無かったのか? 用済みという意味が分からなかったが彼女の次の一言に俺は納得させられた。


「うん、だって私が広樹くんの恋人役に選ばれたのって悠斗くんへの嫌がらせだって言われて、もう用済みだから捨てられたんだ、タイプじゃないんだって私」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る