第七話「最後の後始末」


 あれから二日、もう一人の兄の広樹が収容されている拘置所に到着した僕の気分は最悪だ。誠一郎の話を思い出すだけで気が狂いそうになる。主犯に会ったら僕はまた取り乱してしまうかもと自問自答し迷っていた。そして面会の時間となった。


「やぁ、久しぶりだね二人とも」


「そうだな……バカ者め」


「ああ……ほんと、甘かった。日本の警察やるじゃないか褒めてやりたいよ」


 祖父のバカ者という言葉の意味を完全に違う意味で返した目の前の男は相変わらずだった。若干やつれているが一年前と変わっておらず元気そうでイライラした。


「反省しておらんのか?」


「してるさ、次は上手くやる……それより俺はいつ出られる? 無能な弁護士が実刑なんて言っててさ、執行猶予付きの間違いだろ?」


「お前はどこまで……ふぅ、説明してやれ悠斗」


 頷いて僕は追い返された弁護士から預かった資料を出し読んで行く。そして最後に結論を言おうとした時に広樹は怒鳴り散らした。


「以上のことから弁護士の先生の話によりますと――――「お前みたいな無能には聞いて無いんだよ出来損ないの弟の分際で!!」


「今の俺は北城 悠斗、戸籍だけなら叔父でも有るのだが、広樹?」


「は? 何だそれ……聞いてない!?」


 ここに来て初めて取り乱した広樹を見て祖父が口を開いた。


「お前の両親には話したが悠斗は私の養子だ。将来のグループの会長候補として私、自らの手で育てることにした」


「は? こんな無能で情けない男にグループを任せる? 行き場の無いバカを保護したと聞きましたが!?」


「お前のように野心だけが増長し破滅する人間より遥かに適任だ」


 だが僕は常に不安だった。一年前、祖父は僕を会長候補の一人として養子にしてくれた。だが何で僕を選んでくれたか分からなかったからだ。


「こんな才能も何も無い凡人!! 有り得ない!?」


「だが多くの人間を裏切り続けたお前より信用できる」


「何の話だよ……」


「貴様が我がグループに対し敵対的TOBを仕掛けたことに気付かないとでも思ったか!? まさか資金源が薬物パーティーとは思わなんだがな!!」


「うっ、そ、それは……」


 顔色が明らかに変わった広樹に対し祖父は更に語気を強めて言った。


「自らは表に出ず間に外資でも入れれば足が付かんとでも思ったか小童が!! 十年早いわ!! 」


「ぐっ……ううっ、そんなはず、俺は完璧に……」


「乗っ取りをくわだてようとは不届き千万!! まして薬物を使い世間様に迷惑をかけるような人間にグループは任せられん愚か者が!!」


 そこで僕は以前から広樹が裏で乗っ取りを画策していたのを初めて知った。大学の友人や海外の投資家らと一緒にグループ乗っ取りを計画していたのだ。


「そんな事を……?」


「ほ、ほら、俺の計画に気付かない無能だ!! 俺の方が何千倍も優秀だ!!」


「確かに悠斗は未熟、だが大気の器を持っている。何より悠斗は、お前や誠一郎には無い素晴らしい才が眠っているのだ」


 祖父は断言してくれたけど分からない。兄達は性格はクズだが才能は有る。頭脳と肉体、勉強とスポーツ、それは中途半端な僕と違い優秀なのは間違いなくて、そんな二人に勝てる要素なんて僕に有るのか?


「それこそ幻想だ!! ボケ老人が!!」


「そうか? お前が小さい頃から殊更に悠斗を排除したがったのは本能的に悠斗の才を恐れていたからではないか?」


 そんなこと有り得るのだろうかと思っていたら広樹は一瞬だけ固まった。




「……なっ!? 違う違う……ちっがう!!」


「……数年もすれば分かる。お前は悪の才しか無い愚か者。だがグループを、人をまとめ上げる者に必要な資質は悪だけでは足りん!! 頭の良いお前なら分かっていると思ったのだがな……」


 そう言われた広樹の顔は真っ青になり肩を震わせていた。あの広樹が見る影も無く焦りと怒りのせいか脂汗まで流している。


「悠斗は私が後継者として育てる……お前は獄中で大人しく罪をあがなえ」


「では話の続きは私が、会長……」


「かっ、勝ったと思うな!! お、お前のような無能が……天才の俺に!!」


 僕を睨み付ける目は血走っていた。だけど祖父がここまで言ってくれたのだから逃げる訳にはいかない。


「ふぅ……木崎 広樹、あなたに報告です」


「なっ、何だよ、い、言えよ!! 言ってみろぉ!!」


 だから最初はこれだ。祖父の秘書と行った汚い裏の仕事の成果だ。


「まず、個人資産は全て押収した。そしてグループ名義で被害者への損害賠償へと宛てさせてもらった」


「俺の金を? だって海外の口座にっ――――」


「あなたの仲間の金庫番、素直に協力してくれた。それで全額、当グループへ寄付してもらったよ」


 最後に脇が甘かったのは広樹だ。事件から遠ざけていた後輩に組織の金とは別の金の管理を任せていた。だから祖父は警察に先んじて非合法な手段と人員を使い、その人物を尋問し結果的に得た成果だ。


「そんなこと……有り得ない」


 そして何を隠そう、その後輩の可能性を指摘し祖父に助言したのは僕だ。常に僕をイジメる時に二手三手と策を弄して他者を利用していたから今回も気付けた。


「でも現実です。それと大学は退学処分です。ま、留年していましたし向こうとしても厄介払いしたかったのでしょう……残念でしたね広樹兄さん?」


「は? そ、そんなの悔しいわけ……あんな大学、俺以外無能で……」


 言葉と態度が一致しておらず最初の余裕は欠片も無くなっていた。そして最後に祖父が口を開いた。


「お前の尻拭いはしよう……だが、お前自身の業は自分でケジメを付けろ」


「どういう……意味だよ?」


 だが答えるのは僕だ。正直これを知った当初、僕は震えていた。こんなにも恐ろしいことを血の繋がった兄がしていたかと思うと怒りより驚きと恐怖が勝った。


「麻薬の売買、それに組織的な販売と売人の統括、他にも恐喝に暴行と傷害それと強姦まで……被害者数名は意識不明の重体者も居ます……警察は事故や自殺を全て殺人容疑に切り替えるそうです。だから弁護士は実刑と言いました」


「そっ、それは下の奴らで、俺は、俺は知らない!!」


「今の言葉……警察の方にもして下さいね? これじゃ自白扱いにはならないので」


 僕がポケットから出したボイスレコーダーを見せて言うと広樹は顔を真っ赤にして叫んだ。


「どこまでコケに!! 俺がどうなっても良いのかよ!?」


「……では会長、もう用は無いかと」


「うむ、お前の教育にはなった……犯罪者という人種を見ておけ、お前も堕ちたくなければ目に焼き付けろ、この愚か者の末路をな」


 そう言った祖父の目にもう広樹は孫として見られてないのが分かった。誠一郎には多少の同情をしていたようだが広樹には完全に無いらしい。そして広樹を置いて面会室を後にした。


「……さない、許さないぞ、悠斗ぉ……」


 そんな声が聞こえたが僕にはどうでも良かった。

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