第六話「どこまでも情けない僕」
◇
あれから駅前で祖父と合流すると警察病院に到着した。これから会うのは誠一郎で先ほどの訣別を思い出すが、やるべき事を思い出し冷静に頭を整理する。
「失礼する……」
祖父に続いて僕も病院に入ると既に医者そして警察官が二名待機していた。どうやら僕らの警護らしい。
「お爺様と……叔父さま……ですか?」
「そうだが、何か?」
「い、いえ……何でもありません北城様」
養子になって両親と義理の兄弟なら実の兄である誠一郎は甥という扱いだ。事前に提出していた書類に祖父が書いたのだろう。面会の人間が若くて驚かれたのだろう。
「爺ちゃん、それに悠斗……よぉ、久しぶり……だな」
ベッドの上で両腕を包帯で固定された誠一郎は今は一人で起き上がるのすら困難な状態だが口だけは必死に虚勢を張ろうとしていて実に滑稽だった。
「ええ、それでは警察の方と先生は……」
「何か有りましたらすぐにお呼び下さい!!」
「はい、お願いします」
僕が言うと警備の二人と医者が出て行くのを見て祖父が口を開く。祖父が決定事項を口にする度に騒ぐから警備の人間が何度も入室し僕はその度に頭を下げ「大丈夫です」と言い続けた。
「お前、相変わらず誰にでもヘコへコしてんだな、うけるわ~」
「犯罪者が身内に居ると大変なんだよ」
「ちっ、で? 俺はいつ動けんだ手術はいつだよ?」
今まで祖父は怪我の話はしていなかった。だがそれは当然で、する必要が無いからだ。そもそも医者から既に宣告されているのに理解してないのだろうか?
「…………誠一郎、お前は一生歩けない……医者から聞いただろ?」
「あっ、違う!! そんなの嘘だ!! 嘘だ嘘だ嘘だああああああ!!」
まともに体を動かせずジタバタする姿は惨めで目の前の男が過去に柔道の全国大会の準優勝者と同一人物には見えないだろう。だから思わず嗤ってしまった。
「下半身不随……治る見込みはゼロ……普通は診断された時点で分かりますけどね、誠一郎、に~さん?」
「てめえ、今、俺を笑ったな!?」
「笑ってません、憐れんだだけです……かわいそうな兄さんって」
更に笑みを深くするが唐突に横にいた祖父が口を開いた。
「悠斗、控えよ、このような者でもお前の兄で私の孫だ」
「はっ、失礼しました会長」
そして僕は自分の心の闇が出たと反省した。長年、兄達から受けた虐待に近いイジメで僕の心が歪んでいるのは自覚している。先ほどの優姫への対応はそれが全面的に現れた結果だ。
「まあいい、こやつが下衆なのは法が証明している。怪我のおかげで今は犯罪者ではない愚か者……身内がこれとは情けない」
「うっせえなジジイ!!」
「反省の色なしか……ふぅ、悠斗よ後は任せる先ほども言ったが手心は加えるなよ」
祖父は将来の勉強にもなると兄達の仮の処分を僕に委ねてくれた。采配が間違っていたら自ら修正するから自由にやれと言われ許可は既にもらっている。
「はい、会長」
「ま、待てよ!! 悪かった!! おい爺さん!!」
しかし祖父は次の約束が有ると複雑な顔をして部屋を出た。面倒だが早く片付けなくてはいけない。この後は祖父の供で関係各所への謝罪行脚で大忙しだ。目の前のバカのために下げなくてもいい頭を下げなくてはいけない。
「まず来月に出廷し審理が終了後、判決を受けた後は病院か自宅療養ですが……」
「んだよ、どこの病院だ? あと体を治す治療も――――」
まだグダグダ喋っているが本当にバカだ。まさか悠々自適に入院生活を送れると思っているのだろうか?
「グループの大切な資産を犯罪者に使うのはもったいないと会長も考えておられる。そもそも被害者への見舞い金だけで既に大金が動いている。もう、お前には一銭たりとも使いたくないそうだ」
「は? はぁっ!? てめえ――――「父と母は同居したくないという話だから一人暮らし、ヘルパーは手配する……以上です」
そう言って病室を後にしようとした。一秒でも一緒に居たくないし祖父の言うようにコイツと居ると先ほどみたいに負の面が出てしまうかもしれない。
「待て、いい加減にっ――――「今のお前は一族のお荷物だ、分かるか? もう一人で歩けない元代表候補の犯罪者、それが今のお前だ自覚して下さい誠一郎兄さん?」
「うっ、うるせえ!! 俺は、俺はこんな所で……そ、そうだ優姫を、あのバカ女を返してやる!!悪くない取引だろ? なあ、それで何とかしろ!!」
「寝言は寝て言え、それよりも彼女をけしかけたのはお前か?」
だが自分で言ってすぐに変だと気付いた。この病室は犯罪対策のためwi-fiや他の電波は届かない作りだし誠一郎のスマホは警察に押収されているから連絡は不可能だ。
「何の話だ? ま、それより特別に謝ってやる、広樹兄ぃと賭けで、お前の初カノ先に奪った方が10万って話だったんだ。だから返してやるよ悪かったな」
「今さらお前の恋人になった女を返す? 迷惑だ」
「恋人? 迷惑? くっくっくっ、会ったのに何も聞いてねえのか? お前のために何でもやった女だから泣きついたと思ったのによ~、最後まで笑えるな悠斗~」
「何の話だ?」
そう言いながら僕の中で急激に違和感と嫌な予感が増した。こいつが僕の嫌がる事を言う時は毎回こんな嫌な笑顔だった。
「恋人じゃねえ奴隷だよド・レ・イ、サークルの共用奴隷にしたんだよ奴隷の間はお前に手を出さないってじょうけ――――「死ねよクズが!!」
反射的に手が出ていた。だけど、それよりも今の言葉は何だ? 理解が出来ない。
「ぐっ……ってえな。って泣いてんじゃねえか~、ウケる。本当に知らなかったのかよ。お前を薬中にして殺すって脅したら何でも言うこと聞いてよ、俺らが半殺しにした薬中のバカ見せたら一発よ、そんで毎回、俺らに股開いてたんだぜ~?」
「なんだよ……その、話……なんで」
そんな話は間違いだ。作り話だ、そうに違いない優姫は別れる時だって僕に飽きたって一言だけで……家で会った時だって、いつも俯いて泣きそうな顔を……何で僕は気付かなかった? いや気付いていたのに見なかった?
「いつも犯しまくった後に『悠斗には手を出さないで~』とかマジ笑えてよ、逃げないように録画データも残してあっから後で見せっ――――」
「あああああああああ!! 殺してやる!! クズがあああああ!!」
「なっ!? てめっ……しぬ、誰かっ、ごほっ……」
そこからは暴れる僕を中に入って来た警官が止めようとしたが僕は何発も何発も誠一郎を殴り続けた。そして戻って来た祖父に止められた。その夜、僕は情けなく一晩中後悔で泣き続けた。
「僕は……どこまでバカなんだ……」
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