第五話「捨てる過去への想い」
◇
「あの……何か言って欲しいんだけど」
「…………」
「ねえ!! 悠斗!!」
「最後に君は言った『二度と話しかけないで』と、それを守っただけだ」
僕が言うと彼女は固まった。だがこの程度では止まらない。裏切った元恋人が今さら何の用かなんて相場は決まっている。金だろう……素直に言って来たら賠償金代わりに幾らか渡すのも良いかもしれない。
「あっ……えっと、それは、でも今は……」
「卑怯者の言葉を聞きたいのかな?」
「その……だから、あの時のことは、あ、謝るから……お願い話を」
謝る態度では無いが鬱陶しいし面倒だから僕は先を促す。祖父を待たすのは気が引けるし早く終わらせたいだけだ。決して
「それで? 今さら卑怯者に何の用だ末野さん?」
「変わったね悠斗、そんな冷たい目、するんだ……」
「仕方ないだろ? 情けない身内の後処理を任されてるんだから。兄達の処分は大変なんだ……大学生の僕も狩り出されるくらいにな」
祖父も居ないし、つい愚痴を吐き出すと妙に気が楽になった。ここ数日は張り詰めていたのだと実感し思わずため息も出た。
「それって、
「ああ、そうか、アレの近況か、恋人の君なら聞きたいか……」
金じゃなくて男の話かと僕の心の中でドス黒い何かが溢れそうになった。やっぱり僕より誠一郎の方が良かったんだ……確かに家に居た時は随分とうるさかったから、さぞ可愛がられていたんだろう。
「違う!! あんな奴もう関係無い!! だって私は、私の腕は……」
「腕? え? それは!? 何が……」
その返答は想定外だった。先ほどから違和感が有ると思っていたが僕は彼女の髪が黒に戻っていた事にばかり注目して気が付かなかった。彼女の左腕、その肘より先が無い事に今さら気が付いた。
「あいつに誠一郎にひき逃げされた後に別な車に潰されて無くなっちゃった……」
「どういうことだ優姫!? 何が? あっ……そうか」
先日、僕は祖父と一緒に事件の内容をまとめた調書を裏ルートで入手し読んでいたが、その内容を思い出した。逃走中にひき逃げ……あいつがやったのか。
「知らなかったの? 私が、あいつに、誠一郎にひき逃げされたの……」
「事件の概要は警察に少し聞いただけだから……」
読んだ資料には被害者は通行人とされていた。祖父は警察から事情説明を受けたらしいが僕は被害者とは示談が済んでいると聞いて深くは聞かなかった。
「そっか、あの日わたしは……」
◇
「誠一郎に呼び出されてクラブに向かってた」
「例の薬物パーティー、事件の会場か……」
「わ、私はしてない!! 本当に!!」
僕に言い訳されても困る。そういうのは警察に言ってくれと思って先を促した。脱線してまで優姫の話を聞くつもりは無い。
「別に興味は無い、それで?」
「あっ、うん……私は預けられてた物を渡そうと……そしたらあいつがバイクで出て来て……そしたら突っ込んで来て……後は病院で目を覚ましたら」
「腕が無くなっていた……か」
渡そうとしていた中身が何か気になったが藪蛇になりそうだし聞きたかった事件の内容と、その顛末は聞けた。
「うん……」
「良かったじゃないか利き腕じゃなくて」
ざまあみろと言わないで適度の皮肉で済ませた自分を褒めて欲しいと思ったが目の前の女は思った以上に動揺し目に涙を浮かべていていい気味だと思う。
「そんな言い方、酷いよ私……だって、被害者、なのに!!」
「…………それは失礼、話は終わりか?」
その言葉に怒らなかった自分を俯瞰し偉いと褒める自分がいた。意外と冷静だ。自分を捨てて卑怯者とまで罵った相手に慈悲を示すなんて甘いな。だが静かな怒りの表情は隠せなかったようで目の前の女は狼狽えていた。
「あっ、違っ……そんなこと言いたいんじゃなくて、私……そんな目で見ないで」
「はぁ、元からこんな顔です……それで、まだ何か?」
「違う!! 昔はもっと優しくて……あっ、その違う、そうじゃなくて……」
何を言いたいのか分からないし容量も得ない無駄な言葉を交わす価値も無い。だからイライラして言った。
「時間が無いんだ……この後もスケジュールが詰まってる」
これは嘘だ。今日は目の前の女の恋人で兄の筋肉バカ、誠一郎に処分を伝えるだけで何時間でも待たせていい。
「あっ、いや……その、あ、有るわ!! この腕の文句言わせて欲しいの直接、あの男、誠一郎に!!」
「それは難しい……」
理由は幾つか有るが早い話が今の誠一郎の立場だ。奴は大怪我で入院しているから裁判も遅れている。出廷できるレベルまで治療しないと審理が進まなかった。それに未だ警察の取調べも受けてる状態だから一般人の面会は不可能だ。
「あいつは警察病院で身内くらいしか会えない。じゃあ急いでるから」
「その、まだ――――「僕は忙しいんだ、それと言っておきたい事がある」
話を聞いたせいで変に図に乗らせてしまったようだ。まるで昔のような気安さに吐き気がした。昔の優しかった頃の彼女を見るようで僕は狂いそうだ。だから僕は決別すべく口を開く。
「なに? わたし、今なら――――」
「はぁ……調子に乗るなよ薄汚い薬中女が!! 二度と僕の人生に関わるな、被害者面した卑怯者が!!」
過去と現在の出来事が頭をぐるぐる駆け巡り真っ先に出た言葉がこれだ。そして効果は有ったようで優姫は口に手を当て膝を折っていた。
「えっ、あっ……ちがっ、私、違う、違うのっ!! 」
「では失礼」
「私……ちがう……違うから悠斗!! 待って私、本当は!!」
ヒステリックに叫んでいる女を無視して僕は先に進むが何も感情は湧いてこない。いや一つだけ湧いてきた、それは哀しみだった。
「さようなら……優姫、大好きだった……」
後ろで嗚咽が聞こえたが振り返らず僕は祖父との合流場所へ向かう。言いたい事は言えた。なのに僕の心は泣いていた。それでも前に進む必要が有るんだ。強くなりたいんだ……もう負けないために。
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