第二十五話「迫って来る過去」


 快利が何度目かの溜息を吐くと唐突に話を変えた。


『あのさ俺、前に死ぬほど嫌いな奴に好きの反対はなんだ? って聞かれたんだ』


「うん……それで?」


『そん時にそのクズは憎悪だとか恨みって俺に言わせたんだよ』


 それは正しいと思う。嫌な奴でも間違った事は言ってはいない。だって俺は二人に対して同情や憐憫と同じ位に怒りも憎しみも持っているから。


「でも快利はそう思わなかったの?」


『実はその前にそいつが「無関心などと言うな~」って先に言われてた、でも俺は今はそれが正解だと思ってる』


「無関心?」


 無関心か……関心が無い。なるほどそれも一理あるかも。


『例えば俺の事を好き過ぎて学校でイジメてきたアイドルな同級生がいたとする』


「なに、その例え? そういうの流行ってるの?」


『まあ聞けよ、あと実際は俺のことが大好きなのに不器用で厳しく指導てか半分虐待に近い事ばっかする義理の姉でもいい』


 さっきから二つの例が凄い具体的な気がする。まるで自分の体験談を話しているかのようだ。


「それってコンサルタントの話?」


『二人に共通することは俺が嫌いなんじゃなくて気になって仕方なかったって話だ』


「無視しないで、って……それって僕も同じ?」


 それに快利は「そうだ」と断言した後に決定的な一言を俺に言った。


『少なくとも、そのバイト先が同じ初恋相手も大学まで追って来た元クラス委員のどっちも気になってんだろ? 』


「それは……そうだけど」


 図星だ。だけど今さら彼女らとどう向き合えばいい? 咄嗟に思いついたのは今日の紅林さんへの対応くらいだ。それを言った後に快利は少し考え言った。


『ま、無理強いはしないさ。だけど俺にはお前が二人と本当に絶縁したいと思ってるようには聞こえないがな?』


「それは……プロの言葉?」


『いんや、ダチとしてのアドバイス……もう、後悔したくないんだろ? 例えそれで失敗しても今度は自分で何かしたって結果は残る、違うか?』


 友達か……今の俺にとって相談して頼れるのは快利くらいだ。何より快利の言葉通り今度は自分で蚊帳の外では無く関われるなら、変われる……気がする。


「……うん、じゃあ少しだけ頑張ってみるよ、俺」


『心配すんな全部失敗したら飲み行こうぜ、バカみたいに一緒に騒いで思いっきり煽ってやる、だから心配すんな!!』


「ああ、その時は頼むよ」


『あと悠斗お前さ、明日から大変だぞ、きっとな?』


「え?」


 その予言の言葉は翌日から現実となった。




「先輩!! お待たせしました~!!」


「え? く、紅林……さん?」


 翌日の講義明け、サークルの部室で紅林さんは行動を開始した。それはもう堂々と見せ付ける感じで……そして快利の言葉の意味を理解した。


(女除けなら行動は、なるべく一緒の方が良いよね?)


「それは……そう、だけど……」


 小声の彼女に頷きながら昨日の言葉を思い出す。女除けとは俺が告白された時とか面倒事の時だけ「俺には女がいるんだ~」という風な役割を考えていた。まさか常に一緒なんて想定外だ。


「おいおい何で紅林ちゃん、御曹司と?」


「はい、実は先輩にカメラ教えてもらってまして」


「マジかよ、旅行前で持ってくとか有り得ねえ!!」


 そういえば紅林さん狙ってたんだったな三芳。だが少なくともこいつがカレシなのはダメだ。俺が知ってるだけで恋人は三回変わってるはずだ。そんな相手に渡すわけにはいかない。


「まあ落ち着けよ、三芳」


「すいません三芳先輩、この間のお話なんですけど……実は私、昨日から悠斗先輩に手取り足取り教えて頂きまして、指導の件は辞退しますね」


「紅林さん!? 俺はそんなこと――――「昨日は夕方まで、あんなに情熱的に教えてくれたじゃないですかセ・ン・パ・イ?」


 嘘は何も言ってない。どうしよう……咄嗟の事で僕は頭が真っ白になった。


「うっ、ううっ……北城め、ちくしょう!! 俺が、俺の方が先に好きだったのにぃいいいいいい!!」


「あ、三芳……お~い」


 部室から全力で出て行った三芳の背に小川の声は届かなかった。あと付け加えるなら俺の方が先に好きだった。具体的には四年前からだ。


「これくらいで、どう?」


「やりすぎだ!!」


「すいませ~ん、先輩」


 そんな可愛い顔して言っても騙されないぞ。そうだった紅林芽理愛メリアは高校時代こういう女子だった。今までトラウマで忘れていたが基本は押しが強くてグイグイ来て俺も何度も引っ張られた過去が有った。


「とにかく抑え目で……これは命令、命令だから!!」


「は~い、じゃあさっそくですけどカメラの設定、教えて下さい」


「分かったよ、じゃあまず――――」


 俺が一人で話しているが紅林さんは話を聞いているか怪しかった。ずっと俺の顔を見ているから逆に目を合わさないように俺の方が必死だった。


「へ~、すご~い」


「ちゃんと聞いてるの?」


「はい、とにかく最初は初心者設定のPモードで慣れてから自分で調整するね」


 しかも飲み込みも早いし適応力も有るから俺の言いたい事も理解してる。本当にタチが悪い女だ。




「はぁ……」


「どうしたの、ゆ、北城さん?」


「少し大学で色々あって……」


 俺はバイトの休憩時間中グッタリしていた。優姫もバイトに慣れ背後を注意してれば動けるようになったから俺の方はサポートも減り反対に脱力していた。


「そういえばこの間の人も言ってたけど、くれっちと同じ大学なんだよね?」


「え? ああ、実は――――「それで昨日も!! 電話で話とか聞いてて先輩で凄く良い人がいるって話でね!!」


 同じサークル所属なんだと言おうとしたら珍しく優姫が饒舌で俺の言葉は遮られてしまったが問題はその後だ。


「へ、へー、ソウナンダー」


 絶対俺の話だよな。いやいや自意識過剰か。朝霞や他の人間とも仲が良いし俺じゃない可能性も大いに有る。


「写真のサークルの先輩でカメラを一緒に買いに行ってナンパとか撃退して凄くカッコ良かったって話でね!!」


「そっか……」(俺で確定です)


「あっ……それと実は店長にはもう話したんだけどシフトの話で相談が……」


 そこで頭を切り替える。仕事のシフトの話ならたぶん休みについてだろう。


「ん? 休み?」


「うん、実は来週のこの日から三日間……少し遠出する事になって」


「そうか……でも大丈夫。俺もこの三日間は大学関連で休みだ」


 優姫の都合上なるべく俺と同じシフトだから休みも彼女が俺に合わせていた。だが二人でシフト表も見たが問題無い。偶然にも俺達の居ない時は人が多く迷惑もかからないのは助かった。


「帰って来たら頑張ります、それと今日も残り、お願いします!!」


「ああ、今日も頑張ろう」

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