第二十四話「間違えた契約」


「そっか、モテモテなんだ……」


「そんなにいいもんじゃない、それに……」


「それに?」


 俺は咄嗟に否定していた。彼女には知られたくなかった。だって俺の想いは三年前のあの時に完全に砕け散ったから。なのに砕けたその想いを今も惨めに抱え込んで一人で悩み続けている。


「好きでもない人に……告白されても迷惑だ」


「あっ、そう、だよね……うん」


 俺の心に今も残っているのは二人の女性……だけだから。この屈折した思いは一生持ち続けるんだと思う。


「……ああ」


「あ、その……カメラの、ごほっ……ごめっ、げほっ……」


「どうした!?」


 隣で急にせき込んだ紅林さんに俺は焦った。気のせいか尋常じゃない様子に車を近くに停車し背中をさすって介抱した。


「すっ、少し、げほっ……ごほっ……ごめっ」


「ゆっくりでいいから、飲んで」


 そして落ち着いたのを確認してから急いで自販機で買ってきた水のペットボトルを渡すと謝りながら少し飲んで大きく息を吐いていた。


「んっ、ふぅ……ごめん、ほんと少しむせただけ……だから」


「ほんとに、大丈夫か?」


「うん……ありがと、もう、大丈夫……」


 そうは言っても少し顔色が悪い。だから俺は彼女の肩を抱いて自然と言っていた。


「とにかく少し休もう、近くにファミレスも有るし、そこで」


「いいの? 一緒しても」


 これは救護活動に近いし仕方ない行動だと自分に言い訳し頷いた。


「ああ、あとカメラの簡単な説明とかしたかったし、俺は先輩だから……」


「うん、ありがと……悠斗……先輩」




 二人で食事なんて久しぶりで昔に戻ったみたいだ。高校時代は二人でファミレスで勉強会とかしたな……あの日までは……。


「本当にもう大丈夫か?」


「うん、お陰様で……ほんとに少しむせただけだから大丈夫」


 俺が焦り過ぎたと言われればそれまでだが気になった。その後はドリンクバーで一息入れて先ほど購入したカメラの説明書やら一緒に買った初心者セットを見ながら話していた。


「ならいいけど、今ので一通りの説明は終わりだ」


「うん……その、いい……ですか先輩?」


「二人の時は先輩は別に……」


 二浪していたとしても年齢的には同い年だし先日のことでサークルのメンバーには半分バレたようなもんだ。だから構わない……と半分開き直っていた。


「でもサークルの先輩後輩なら私の話、聞いてくれると思った……から」


「それは……」


「昔みたいに戻りたいなんて都合の良い事は言わない……でも」


「でも?」


「会えたら……戻りたいって、わがまま言いたくなっちゃった……」


 その泣き笑いの顔は反則だ。俺が、僕が紅林さんと初めて同じクラスになった時の顔と同じだ。負けず嫌いで、でも必死に頑張っていたあの頃と同じだった。


「……本当にわがままで、酷い女だ君は……どこまでも」


「うん……」


「何も変わってない……」


 変わってないんだ……僕が必死に弱さを否定し俺になった今でも彼女は僕の部屋を掃除していた時から止まったままなんだ……僕のせいで、なら俺は……。


「……そう、だね」


「でも俺は変わった。変えられたんだ君に……なら変われよ俺のために」


「え? 悠斗、くん?」


 あの兄達に変えられたなら俺も好きなように変えられるんじゃないか? なら俺の思うままに出来れば俺の心も少しは……満たされる、はずだ。


「不平等だろ? 自分だけ変わらない卑怯者。いつまでも自分を憐れんで不幸なヒロインでいるなよ。お前は俺の心を壊した最低な女なんだから……」


「それは……うん、そう……だね」


「だから俺の都合の良い後輩を演じろ、話を聞いたなら分かるだろ女除けが欲しかった。もちろん仲直りはしないが、良い後輩は演じてもらう!!」


 早口で俺は一気にまくし立てた。今、俺は彼女をいかに納得させるか……そして俺という過去から解き放つか、その方法を自分なりに考え咄嗟に口にしていた。


「え? なんで? そんな……先輩女除けを?」


「まだ続きがある!! 卒業の時に俺は君を盛大に絶縁する。その時に同時に君の謝罪も受け入れる。これが俺の復讐だ分かったか!?」


「それって仲良くなってから……私を捨てるって、こと?」


「ああ……そうだ」


 なんとも情けないが最後の足搔きだ。彼女を許したいという気持ちと憎む気持ちが二律背反している今の俺が出した妥協案がこれだった。正直、自分でも途中から何言ってるか分かってなかった。


「先輩、ほんとに……いいの?」

(やっぱり変わってないんだ悠斗くん、だから……私は……)


「……これから二年間、俺のために全てを捧げられるか、紅林さん?」


「うん、もちろん……何が有っても、あなたに全てを捧げます」

(やっと、ここまで来た……あと、もう少し……)


 彼女の泣きそうな顔を見れば成果は明らかだ。相手からは復讐としか思われていない。その後は日も暮れ始めたから彼女をマンション前まで送り届けると帰宅し晴れやかな気持ちで快利に電話した。




『お前バッカじゃねえの?』


「えっ?」


『それ絶対許してんだろ……向こうにバレバレだろうな』


 俺が必死に考えた策を話すと友人は電話口で盛大に呆れていた。快利には僕の考えが理解できてないようだ。


「分かって無いな快利、これは俺なりの復讐も入ってて……」


『ど~せ最後は許すだろ? お前って、そういうのできる性格じゃねえし』


 快利は電話口で欠伸していたし何か遠くから子供の泣き声も聞こえた。そういえば快利は今どこにいるんだ?


「なっ!? だから彼女が心に傷を負えば……俺と同じに……それで俺から離れて行く、そうだろ!?」


『あれか? トラウマのお揃い? ペアルック的な? そう言えばお前、傷を舐め合ってるとか相手に言ったんだったな? どうせ一人だけ疎外感とか感じてたんだろ?』


「うっ……そ、それは!! 快利!! バカにしてるのか!?」


 快利が軽い調子で言うから怒鳴っていたが図星だった。過去何度も俺に何も話してくれなかったのが悔しくて何よりも情けなくてズルいと思っていた。俺だけ蚊帳の外で除け者なのが不愉快だった。


『いや呆れてるだけ……』


「呆れてるって、俺は真面目に相談してるんだ!!」


『ふぅ……じゃあ俺も真面目に答えんぞ?』

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