第二十三話「女嫌いの理由」
「はぁ、緊張した……」
「私より緊張してたね……先輩?」
「ナンパの相手なんて初めてだ。相手が体育会系のサークルじゃなくてよかったよ」
俺は赤信号で止まったと同時に大きく息を吐き出して言った。何がおかしいのか紅林さんは笑っていた……あんなに緊張したのは久しぶりだ。
「それってフットサル同好会の人達みたいな?」
「ああ、ヤリ猿共のことか?」
「ヤリ……猿?」
別名『フット猿』、『ヤリ猿』と揶揄されてる連中で俺も入学してすぐ飲み会に誘われ断ったら暗がりに連れて行かれた。そんな俺を助けてくれたのが横瀬先輩と幸手さん、そして去年卒業した狭山先輩だった。その後に新歓コンパで三人に見つかり俺はAPに所属する事になったんだ。
「フットサルを真面目にやってるのは数人で後はヤリモク連中だ」
「やっぱり、この大学にも有るんだ、そういうの」
「どこにでも居るさ、そういう連中は……」
君もそこにいたんじゃないのか? と、言いそうになって言葉を飲み込む。今の彼女は後輩だ。それにサークルのため何より俺自身のために過去は関係無い振りをしよう。それが大人の対応だ……そう思う事にした。
「それより紅林さんはどんなカメラがいいの?」
「あ、初心者用で……ほら一眼レフとか言われても名前しか知らないし」
「だろうね。あと、うちのサークルの行きつけだから値段交渉はそれなりに出来ると思う。卒業生も働いてるし」
「そっか、ちょっと来月まで苦しいから安くなるのは助かるわ」
そんな話をしている内に俺達の車は目的地に到着した。
◇
「狭山先輩!!」
到着したのは『狭山写真館』というフォトスタジオだ。そこで働いている先輩には事前に事情を説明していた。もちろんカメラを買うのはここでは無く隣の家電量販店だ。ここを利用すると割引クーポンを貰えるのだ。
「お、悠斗!! 待ってたぞ」
「卒業以来ですね先輩!! お元気でしたか?」
そして、この人が件の俺を助けてくれた狭山先輩だ。今は実家の写真館で働いていて俺にカメラを教えてくれた師匠のような人だ。
「ああ、お前も元気そうで安心した、それで彼女は?」
「はい、彼女は紅林さん……後輩です」
「それはAPの?」
「もちろんです」
先輩は何かを確認するように紅林さんを見ると神妙な顔をした後に握手していた。
「そっか、ふ~ん、よろしく紅林さん、OBの狭山だ」
「はい、紅林
「なるほど、電話で初心者用って言ってたから何かと思ったが納得だ。後輩の面倒を見るようになるなんて俺は嬉しいぞ~」
喜んでくれている先輩には心苦しいが俺は正直な所ここまで流されている感じがして複雑だ。
「ゆっ、北城先輩は色々と丁寧に指導してくれますから助かってます」
「そうか、なら良かった。お前のアレも治ったのか?」
「先輩、それは今は無しで」
俺の女嫌い設定は彼女には通じない。むしろ嫌味になるだろうし前みたいに事を荒立てたくないし先輩にも迷惑がかかってしまう。
「悪い悪い、でも嬉しいんだ俺は、お前が変わってくれたって……もしかして代表はお前が?」
「違います朝霞ですよ」
「ああ、朝霞ちゃんか。ま、適任か……俺はお前が良かったんだがな」
そんな事を言ってくれるがリーダーなんて無理なのは俺自身が一番分かっている。俺に出来るのはまぐれで特別賞を取るくらいだ。
「俺なんか分不相応ですよ……」
「いいや、お前は適任だよ。空気読めるし何より優しい奴だよお前は……そうは思わないか紅林さん?」
「……はい、そう思います私も、本当に悠斗……先輩は優しいですから」
その言葉を聞いて俺の心は複雑でチクチクと痛んだけどそれだけじゃなかった。でもすぐに我に返る。優しいだけの男なんて弱さを言い訳にしているだけだ。
「それより先輩、例のクーポン頂けますか?」
「ああ、もちろん」
それから三人で隣の店のカメラコーナーを見ていると先輩と紅林さんが店員さんと話している間に俺はトイレに行った。ナンパ撃退の緊張感が今さらほぐれて一気に尿意を催してきたんだ。
「……はい――――だから……もう――間違え――――」
「そうか……ならいい」
俺が戻ると店員さんはレジで既に手続き中で二人が少し離れた場所で何か話していた。気のせいか表情が二人とも険しくなっているように見える。
「二人とも、もうカメラは?」
「あっ、悠斗……先輩」
「もう決めたぞ? やっぱNekomのにしたよ、他は高性能過ぎるし安いのはスマホの方が性能がいいからな……」
俺と同じ考えで先輩も勧めてくれたようだ。クーポン以外にも少し勉強してくれたようで先輩にはますます頭が上がらなくなるな。
「そうですか、助かります」
「じゃあセッティングやら他はお前がしっかり教えてやれ、先輩なんだからな?」
「えっ、でも……分かりました」
なんか買ったらさっさと帰れみたいな雰囲気を出されて俺はもう少し先輩とも話したかったが仕方ないと二人で車に戻った。
◇
「良い人だね、狭山さん」
「ああ、俺のカメラの師匠……みたいな人だ」
「そっか……」
「その、さ……先輩と何を、話してたのかな?」
何となく沈黙が嫌になって俺はトイレに行っていた間の二人の雰囲気が気になって尋ねていた。
「うん、それは……」
「個人的なことなら話さなくても……」
「ううん、悠斗……くんには関係有るし」
「俺に?」
「うん、狭山さんも聞かれたら話してもいいって言われたから……私が玉の輿狙いの女かもしれないって話……」
それを聞いて納得したが同時に紅林さんは絶対に違うと確信も有る。明確に俺への謝罪と関係の修復が目的だと分かってるから大学で声をかけてくる他の女とは違う。
「それは……」
「聞いたよ、多いんだってね、そういう子……」
「ああ、ここ爺ちゃ、祖父のお膝元だから特にね……」
何も俺が女嫌いになったのは優姫や紅林さんのせいだけじゃない。面倒な女が多かったからだ。賞を取ってからは特に大変で大衆前で告白してきた女を二人も振った事で俺のことは構内で知れ渡った。
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