第十九話「発覚」


「以上だ、基本的に品出しは朝番の人がやってくれるし補充と備品チェック、後は……」


「やること、増えた……」


 それはそうだ。俺も始めは戸惑って迷惑かけた。三年目の今でも小さいミスはする時が有る。とにかくミスをしながらでも反復し覚えて行くのが大事だ。ミスは絶対に許さないとかバカしか言わない言葉だ……俺はそう思っている。


「最初は覚えるの大変だし、メモとか取って……は、難しいか。少し待ってて」


「えっ? う、うん……」


 休憩室まで戻って俺が昔、自分で作ったメモをロッカーから取り出す。色んな人に優しく指導されたり時には怒鳴られながら集めた研鑽。これなら優姫でも大丈夫、昔勉強を教えた時のノートと作りは同じだ。




「あっ、ゆ、悠斗ぉ~」


 プルプル震えながら俺の方を見ていて状況がすぐに分かった。生鮮チームのおっちゃん三人に優姫は囲まれていた。


「お? ユウ坊じゃねえか、嬢ちゃん一人でいたからよ~」

「何か困ってるかと思ったんだが……」

「顔色悪いし、フラフラでな?」


 特に生鮮チームの本庄さんは身長が190越えてるから威圧感が凄い。俺も大学に入って背が少し伸びたけど目線上げなきゃ視線が合わない時が有る。


「すいません本庄さん達、彼女、少し人見知りで、だからバックヤードで慣らしてるんです」


 咄嗟に優姫と三人の間に入って何とか解決を図ろうと動くがアッサリ解決した。優姫が途方に暮れたような顔をしていたから声をかけただけらしい。


「まあ、ユウくんが言うなら、でも……」


「ほんと皆さん、すいません、指導役だったのに目を離した俺の責任で……」


「まあ別に良いけどよ、そんなの。じゃあ嬢ちゃん体には気ぃ付けな、それとユウ坊もカノジョだからって甘え過ぎるなよ~」


 バシバシ背中を叩かれると三人は「ガハハ」と笑って言ってしまった。魚を解体してる時は無言だから反動で外に出ると喋りたがる人達なんだ。


「悪い、やっぱり一緒に戻るべきだった」


「ううん、私も囲まれて、怖くなって……ダメだな私……」


「そうだな、ダメだな」


 たしかに大柄な男に囲まれたら困るのは分かる。でも将来的には今以上に接客もするんだし、これではダメだ。


「えっ、あっ……うん……だよね」


「だから一緒に克服しよう。それを治したいだろ?」


「え?」


「俺は、末野優姫の指導役だから……しっかり独り立ちさせる、それまでは……」


 それまでは一緒に、これが今の俺の精一杯だ。変なプライドと他にも色んな思いが邪魔して素直に謝れない情けない俺のできること……。


「それまでは?」


「一緒にいるから……」

(逃げないで今度こそ君を……)


「……うん、お願い、します」


 迷いながら少しだけ自分の心が分かり始めた俺は優姫と二人で終業まで業務をこなした。だがバイト上がりには予定通りトラブルが待っていた。




「いやさ、末野さんだっけ? 別について来なくても……」


「彼女を家に送るのが優先です……指導役として」


 店の裏で出待ちしていた先輩二人はキチンと十分前からスタンバっていたらしい。居なかったら置いて行こうと思ったがダメだった。だから仕方なく先輩達を同乗させる事になった。


「いや指導役って……そういう頑固なとこ相変わらずだな」


「てか大丈夫、彼女? 震えてんだけど?」


「優姫、本当にダメなら先輩達は下ろすから言ってくれ」


「だ、大丈夫ぅ~」


 ちなみに今の配置は助手席に幸手さんで後ろの席に女子二人つまり横瀬先輩と優姫が並んで座っている。やはり男が後ろにいるのはダメらしく俺の後ろで震えていた。


「いや北城さ、先輩の扱いなってなくない?」


「先輩より後輩を大事にしろと偉大な先輩に昔、言われましたので」


「くっ、言うようになったわね!! 昔の私のセリフを~」


 後ろのうるさい先輩も気にせず俺は反論する。この人達とは色んな意味で遠慮の無い関係だ。一年の時に盛大にやり合ったので今や日常茶飯事だ。


「先輩が先輩でしたのでね?」


「ぐぬぬ……若造が~」


「じゃあ降ろされる前に一つだけ、明日はサークルに絶対出てくれ」


 そこで幸手さんが割り込んで本題に入った。先輩はサークルを大事にしてるから自分達の後の事を凄く気にしていて俺も何度か聞かされた。


「紅林ちゃんと一悶着あったみたいじゃん、その辺も教えてよ」


「ああ、彼女の件では三芳とかも大騒ぎしていたな」


 二人の先輩に言われ昨日の件を思い出す。快利と飲んで忘れていた全部を記憶から引き出し憂鬱になった。だが、それより別な問題が発生していた。


「えっ? 悠斗……くれっちと何か有ったの? 同じ大学……だったの?」


「あっ、いや……それは」


「えっ!? あなた紅林さんの知り合い!?」


 優姫が反応してしまった。二人は事件の後から今でも友人関係だと紅林さんも言っていた。それを思い出し慌てて口を開くが先に優姫が喋ってしまった。


「え? だって私たち、同級生……ですし」


「優姫、それは!?」


「え?」


「ほ~ん、へ~、それで……詳しく話してくれる~? 末野さ~ん?」


 いきなり隣の優姫に先輩は詰め寄った。この人は強引で人の悩みも秘密も全部聞きたがるからタチが悪い。でもそのお陰で救われた面も有るから一概に悪いとは言えないんだよな。


「えっ、それは……そ、そのぉ……」


「おい横瀬いい加減にしろ、よそ様を巻き込むな!!」


「でもさ~、私としては朝霞ちゃんにキチンと引き継ぎしたいし~」


 そこで俺は話に無理やり割り込んだ。第三者の話が出たから話題をそらそうと反射的に質問していた。


「何で朝霞の話が?」


「次の代表、朝霞ちゃんに決まったからよ、ほんとは二年でも良かったんだけど、うちの二年ってバカしか居ないからねえ」


 実際、俺らの下の二年は不適格者揃いだ。停学になった奴や他のサークルで問題を起こして居場所が無くなった連中を先輩たちが同情し勧誘した。昔の俺と同じような感じだ。


「彼女なら安心ですね。朝霞は色んな意味で平等ですし」


「ふ~ん、女子なんだ……その子」


「え? 優姫……さん?」


 気のせいかルームミラー越しの優姫が少しムスッとしてるように見える。あんまり見ない顔で、もう少しだけ見たいと思ったが先に家に着いてしまった。

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