第十八話「剥がれ始める心の仮面」


「覚えて無いけど運転代行も頼んでくれたのか……お礼しなきゃな」


「あら、そんな人いなかったわよ?」


「え? じゃあまさか……」


 祖母の言葉でサーっと血の気が引いた。まさか飲酒運転させちゃったのか? どうしよう……社会人っぽいし俺の車だし……事故らなかったから良かったけど詳しく聞かないとマズい……いや問題無かったし藪蛇か?


「どうしたの悠斗?」


「ううん、何でもないよ婆ちゃん」


 とにかくバイトまで時間は有る。気分転換に写真でも撮ろうと俺は祖父から譲り受けたデジタル一眼レフを取り出し庭で構えた。こちらに来たばかりの無趣味で無気力だった俺を心配した祖父がくれたもので貰い物らしい。


「う~ん、やっぱ落ち着くな……」


 軽く撮影するが落ち着く。カメラを構えると自分と向き合えるような不思議な気持ちになれる。そして、それは昨日の飲みでも同じだった。


「秋山快利か……昨日は……楽しかったなぁ……」


 こんなに楽しかったのは生まれて初めてだ。小さい頃から兄達にイジメられ友達も離れるか奪われるかで楽しい思い出は無い。両親にも放任され……もっとも最近は四季の挨拶に年賀状まで個人宛てに送って来る始末で呆れている。


「悠斗、ご飯は入りそう?」


「あっ、うん……少し空いたかも」


「じゃあ、お粥作ってあるから温めるわね」


 でも祖母は優しいし祖父は厳しいけど俺の事を思ってくれてる。だから二人の想いに俺は応えなきゃいけない。今日は少しだけ前向きになれると思いつつもスマホの電源はオフにしていた。通知が怖い……。




「ん? ゆっ、末野……さん何をしている?」


「ゆっ、じゃなくて北城……さん、これは、その」


 午後から少し早めにバイト入りすると優姫がいた……休憩室の隅っこに。ロッカーと壁の間に挟まってる感じで一体この子は何をしているんだ?


「早くこっちに……あっ、そうか」


「う、うん、これが一番迷惑かからないと思って……」


 基本的に優姫は男が背後に立たれなければ普通だ。それでも男は苦手らしいがパニックに陥る事は無いらしい。だから背後を取られない場所に居るという訳だが……挟まって出られなくなり結局、俺が引っ張り出した。


「よし……じゃあ今日やる事だけど」


「はい……あと、ありがと北城さん」


 それは良いんだが俺のシャツを掴んだままなのはどうすべきかと思ったが今は無視だ。決して俺がそのままが良いとか思ったのではない。


「まだ二日目だし基本は同じで、品出しと後は裏での作業になるから肉体労働が基本だけど、本当に大丈夫か?」


「えっと、たぶん大丈夫」


「いや、その腕だけど……取れたりとか、しないのか?」


「えっ? うん、一昨日も言ったけど大丈夫、だって前の腕より丈夫だし」


 違う俺が言いたいのは優姫の体に負担は無いか。体は本当に大丈夫なのかという確認で……優姫は何も言わず我慢するのを知っているから心配で……それを上手く言葉に出来なかった。


「……分かった、何か有ったら言ってくれ」


 でも、どうせ俺には言わないだろ? と心の中で別の物事を俯瞰して見ている俺が言った気がした。それに言われたって俺に何かできる訳じゃない。昔と同じ……俺は何も出来ないんだから……。


「すぐ報告!! だよね、うん……じゃなくて、はい!!」


 そして今日も二人で売り場に出たら初っ端から厄介事に巻き込まれた。しかも今回は確実に俺のせいだった。


「昨日来なかったのは先輩として、ちょ~っと見過ごせないかな?」


「北城……悪いな、だがこっちも色々有ったんだ」


「横瀬先輩、それに幸手さん……」


 昨日が実質サークルの代替わりの集まりで、こうなるのは分かっていた。だが今はマズい……優姫がいる。そして運悪く幸手さんが優姫の後ろに立ってしまった。咄嗟に優姫の口を抑え後ろから抱き締めたから周囲にはバレなかったが、最悪だ。


「はぁ、はぁ……ゆ、う……と」


「優姫、休憩室に行こう、今は誰も居ないから大丈夫」


「で、でも……」


 まだ言いよどむ優姫の頭を撫でて少し強めに俺は再度言う。


「いいから、な? 優姫の体が心配なんだ、頼む」


「う、うん!! 悠斗、ごめん、次は役に立つから……」


 そのまま休憩室に戻るのを見送ると大きく息を吐く。まずは良し……次に先輩達に向き直ると二人は間抜けな顔をしていた。


「あんた、女相手にそんな必死になるんだ……」


「女嫌いじゃないのは本当だったか」


 周りにはそういう風に説明してたのを完全に忘れていた。




「先輩これ以上、店内では……」


「先に逃げたのはそっち、猶予もあげたのに逃げたよね?」


 引く気は無いか当然だ二人はサークル命だ。そして俺は先輩達に大きな借りがある。今まともにキャンパスライフを送れているのは二人のお陰だ。


「はい、でも店内での迷惑と……俺の大事な後輩も困ってるので……これ以上は我慢できないかも知れません」


「そう……じゃあバイト何時上がり? その時に話そっか」


「……21時です」


「北城、強引で悪かったが今のAPにはお前が必要なんだ、頼む」


「いえ、俺のせいなのは分かってますから……幸手さん」


 二人が帰ると一息付く。朝までの良い気分が台無しだ。だけど目の前の事から逃げ出したからしっぺ返しが来ただけで自業自得……進歩が無いな俺は……。


「もう、大丈夫?」


「ん? ああ、優姫……悪かった」


「ううん私こそ、見ててくれないと何も出来なくて」


 それは確かにそうだ。でも考えてみたら男が背後に立たなければ基本は大丈夫で接客も何度かやらせたが問題は無く何とも不思議な症状だと思う。


「まだ二日目だから気にするな。今日はバックを中心に……どうした?」


「ううん、何でも無い……から」


 優姫はそう言うが薄暗いバックヤードですら顔色が悪いのが分かるレベルだった。


「体調悪いなら今日は休むか?」


「ううん、大丈夫!! 悠斗と居たっ……教えてもらいたいから!!」


 本音を隠せてないぞ優姫……相変わらずだな。でも俺と居たいか……たぶん紅林さんと同じで俺に謝罪と弁明したいのだろう。でも謝罪なら俺もだ。優姫は、あのクズの被害者で俺のために腕まで失ったのだから……。


「分かった……体調だけは気を付けろ」


「う、うん!!」


 その一生懸命な表情は昔の俺のよく知っている優姫で余計に苦しくなった。僕は優姫を……彼女をどうしたいんだ? いや、答えは出ている、なら俺は……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る