第十六話「急接近」
俺は家に帰り自室に戻るとベッドに横になりながら盛大に溜息を吐いた。
「何やってんだよ……一言、一言で終わりじゃないか……」
俺は優姫を激しく拒絶した。あの時は正しいと思ったんだ。だが後で知ったのは彼女が俺を守ろうとしていたという事実で……必死だったという空回り。俺のために犠牲になった彼女に俺は何て言った?
「知らなかったんだ……でも、だけど……俺は……」
初恋も大事な思いも裏切られたと思い込んでいた。なら俺が少し大人になって謝れば良いだけで後は適当に距離を取ればいいだけなのに……でも俺はどっちを取る事も出来ずに……勝手に悩み続けてる。
「俺が何したってんだよ、好きな女の子を取られて、悔しくて、でも原因は俺の弱さで、今さら……来るなよ、来ないでよ優姫……僕は……」
情けない僕は泣きながら眠った。そうするしか出来なかった。
◇
『悠斗……くん。また学年一位だね』
『優姫さんも頑張った、それにスポーツが本業だろ? 僕は運動は苦手で』
ああ、またこの夢か……最悪だ。
『そうなの? 体育も普通に出来てると思うけど……そっか、じゃあ私が教えてあげる。勉強のお礼に、バスケとか球技得意なんだ』
『じゃあ少しだけ……僕もやってみようかな』
『じゃあさ、スリーポイント入れられたら、ご褒美、あげよっか?』
ご褒美と言われて少しやる気が出て頑張って何度かシュートしたがリングに弾かれた。やはり球技は苦手だ。
『こんなんじゃ、まだまっ――――んっ!?』
『ご褒美は、このキスの、続き……とか、どうかな?』
その瞬間に目を覚ました。昨日、再会したから久しぶりに見たのは優姫と初めてキスした日の事だった。そして、この後に告白され半年後に俺は振られたんだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……俺はまた……まだ、彼女を……」
嫌な脂汗で俺はベッドから飛び起きると頭を振る。優姫の優しい笑みを思い出して頭がおかしくなりそうだ。俺はどうすれば一体……何をどうすれば良いんだ?
「悠斗、今朝はどうした?」
「爺ちゃん、いや、少し……」
「大丈夫なの、悠斗?」
「うん、大丈夫だよ婆ちゃん……少し寝汗かいてさ、シャワー浴びて来るよ」
朝から祖父母にも心配をかけてしまった。俺はシャワーを浴びると今日は朝一で大学に行く。車で通る時に見えた優姫のアパートは俺を朝から憂鬱にした。
「お、そこの、悪いが少しいいか?」
「ん? 俺……?」
少し早く到着した俺はキャンパス内で知らない男に声をかけられた。だけど相手の声を聞いた時なぜか警戒心が薄れたのは不思議だった。
「ああ、すまないが川口教授の研究室を探しているんだが知らないかな?」
声をかけて来たのはジーンズに白い薄手のパーカーそれに色の入った茶色のサングラスをかけた背の高い青年だった。
「外部の方ですか? なら真っすぐ行って学生部の隣が案内なんで」
「じゃあ、そこまで軽く案内してくれないか? 方向音痴でさ」
少し横柄だけど俺はなぜか嫌いになれなくて、だから自然と口をついて出た言葉は了承の答えだった。
「まあ、それくらいなら……」
「助かるよ……大学って実は来るの初めてでさ、地方のデカい校舎なんて迷子になりそうで困ってたんだ」
キャンパスに来るのが初めての外部の人間……オープンキャンパスの時期じゃないし自主的にキャンパス見学か?
「もしかして高校生? 同い年くらいに見えるけど」
「いやいや俺はもうすぐ21の……今はサラリーマンかな、今日はオフ」
そう言うと彼は懐から名刺を取り出し渡してきた。そこに書いて有った名前は初めて見たのになぜか見覚えが有った……ような気がした。
「秋山コンサルティング……の、秋山
「珍しい名前かな? よければ君の名前も聞かせてくれないか?」
「……俺は北城 悠斗ここの経営学部の三年」
これが俺の生涯の
「三年生って事は、まさか同級生!?」
「そうだね8月には21だ」
「そうか、まだまだ先だが、おめでとう北城くん」
外部の人で俺を知らない人間だから饒舌になっていた。昔は俺だって陰キャでも無く普通だったんだと思い出す。
「ありがとう。じゃあここ……川口教授って俺、知らないから研究室までは……」
「ここまで案内してくれただけで感謝するよ。助かった」
気のせいか彼と会って少しだけ気分が晴れたような気がした。だから、この後の講義は集中できて朝の夢も他の嫌な事も忘れてられていた。
◇
「見つけたぜ北城~」
「はぁ、三芳と小川か……分かってる今日は顔を出す」
あれから昼を挟んで午後の最後の講義を受けていたら小川と三芳のペアが俺の後ろの席に座って来た。
「露骨に溜息つくなよ」
「小川はまだしも三芳……何でお前まで? 去年この講義取ってたよな?」
俺は去年取らなかったから講義の雰囲気を三芳に聞いたのが、この講義を選択したきっかけだった。だから履修しているはずのコイツは教場に用は無いはずだ。
「いや、だって、この講義、紅林ちゃん来てんだぜ」
「え? 彼女が……?」
そう言って指差す方に彼女が居た。確かに目立ってる……彼女の後姿を見ると胸がズキンと痛んだ。
「なあ、紅林さんと親しそうだけど、やっぱ知り合いか?」
「お、おい三芳!!」
「いいだろ、俺は使える手は何でも使うんだ!!」
そんな風に聞かれて俺が何で素直に答えなきゃいけない? そんなの言う必要は無い。そう思うと口からスルスルと嘘が出た。
「飲み会で話しただけだ……なんか俺の写真に興味あったらしい」
「あぁ……去年のまぐれ賞な? いや~羨ましいよ俺なんて中学から写真やってんのに大学から始めたお前が賞とかよ~」
三芳はこんな性格の悪い奴だ。ただ他の奴と違って俺を特別視しないで悪態もついて来るから分かりやすくて気楽には付き合える。
「おい三芳!! わりい北城ほんと……」
「実際、取れたのは先輩の指導と運だ……気にするな」
そして小川は去年から俺に無駄に遠慮するような言動が増え最近は逆に面倒だと思ってる。
「そうか……あっ、それと今日のサークルだけど」
「講義の後にしてくれ……」
今日はサークルに出る。そして辞めると言う。そう思っていた時に不意に反対側から声をかけられた。
「講義始まりますしね。じゃあ隣、失礼します北城先輩?」
いつの間にか反対サイドから近付いていた紅林さんが素早く俺の隣に座っていた。
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