第十五話「忘れられない過去への郷愁」


「初日どうだった末野さん?」


「はい!! ゆっ、北城さんが丁寧に教えてくれたので!!」


 店長が声をかけると俺の後ろに回り込んで盾にされた。とにかく俺以外の男が背後に立つのはダメらしい。


「そうか、なら良かったよ。北城くんもよろしく頼むよ。シフトは基本同じにしてもらったからね」


「はい……分かりました」


 つまり優姫が独り立ちするまでは当分は一緒だ。短くて一ヶ月……たぶん三ヶ月はかからないだろうが憂鬱だ。バイト先だけは安心してたのに大学では紅林さんが、バイト先では優姫と一緒だなんて……俺に平穏は無くなった。




「あ、あの……ゆっ、北城さん!!」


「何だ? もうバイトは終わりだ気にせず帰ってくれ」


 俺が着替えて帰ろうとしていたら後ろから慌てて出て来た優姫は明らかに俺を追って来ていた。


「う、うん……その、今日はありがとう……ございましたって言いたくて」


「ああ、仕事だから、じゃあ」


「あっ……うん、あの!! 次は明後日にまた……」


 ぎこちなく会話を終え今度こそ帰ろうとしたら彼女はビクッとして固まっていた。男でも居たのかと思ったが特に何も無い。ドアの前にいつまでも居ても邪魔だ。


「そう、だな……ん? 先に行ってくれ」


「あ、ごめん、お先どうぞ」


「いや、別に先に出てくれて構わないのだが」


「でも、その……外、暗いし」


 たしかに外は暗い。閉めの作業は今日はしないで上がったが、それでも二一時過ぎで外が真っ暗なのは当然だ。


「もしかして……恐い、のか?」


「う、うん……」


 普通に考えれば夜の女の一人歩きは怖いだろう。だが俺には関係無いと歩き出そうとした矢先、背後から声がかけられた。


「あ~、北城くん。さすがに夜遅いから彼女、送ってあげてね~」


「いや、ですが――――「よく白岡さんとか他の女の人も送ってあげてたじゃない、頼むよ彼女それだしね、じゃあ俺は閉め有るから、よろしく~」


 それだけ言うと店長は店内に戻って行った。そして後ろからの店長の登場で優姫は悲鳴こそ上げなかったが、しっかり俺の腕の抱き着いていた。


「あっ、そのぉ……ごめん」


「はぁ……車で送るから付いて来てくれ」


「う、うん!! って車!? 免許取ったんだ凄い」


 その顔は付き合っていた頃を思い出し笑いかけそうになる。だが同時に三年前のあの訣別は何だったのかと問いかける俺もいた。あの時の悲壮な決意や覚悟その全てが無意味になってしまう。


「……もう高校生のガキじゃない、当然だ」


 なのに俺は……彼女を振り払う事が出ない……そして優姫に謝る事も出来ず、ぶっきらぼうに口を開くしかなかった。


「そう……だよね、えっと、お邪魔します?」


 助手席に座ったのを確認するとエンジンを入れるとビクッとしていた。少し可愛いと思ってしまったが今は運転に集中しようと自分に活を入れる。


「家じゃないから別にいい……あとシートベルトはして」


「う、うん……安全第一!!」


「じゃあ家の近くまで――――」


 家の近くまで送ると言おうとしたら車の中で盛大に音が響いた。俺では無い腹の虫の音……となると犯人は一人だ。俺は助手席で顔を真っ赤にしている優姫を見た。




「相変わらずラーメン好きなんだ、ここ行きつけ?」


「たまたま帰り道に店が有っただけだ」


 俺は今、行きつけのラーメン屋に来ていた。理由はもちろん目の前でニコニコしながら味噌ラーメンを器用に片手で食べている優姫のためだ。


「おう、悠斗~、女連れなんて珍しいじゃねえか、いや初めてか?」


「っ!? 店主……なぜ!? 今日は仕込みで出て来ないはずの日……では?」


「そりゃオメー、カミさんが悠斗が女連れって言うからよ~」


 見ると奥さんがグッとこっちに笑顔でサムズアップしてる。今日は彼女とバイトしか居ない日なはずなのに……迂闊だった。


「えっと、悠斗……たまたま?」


「…………二年前から常連」


「ふふっ、そっか、ど~りで美味しいと思った」


 そう言って本当に美味しそうに食べる姿は昔のままで、でも少しだけぎこちない。やはり右手だけでは食べ辛いのかも知れない。


「だろ可愛い嬢ちゃん? ところで悠斗の彼女これかい?」


「彼女は――――「違い、ますよ……私なんて彼に相応しくないです……」


 その彼女の張り付けたような寂しい笑みに俺は激しく動揺する。相手は俺を傷付けた張本人で……でも兄達の被害者だという現実を思い知らされた。もう昔には戻れないのだと断言されたようで苦しかった。


「いやいやお似合いだろぉ、なあ悠斗!!」


「……その話は後日、すいませんが店主、追加で餃子を二つ」


「んお? 別にサービスすんのによぉ~」


「あんた!! 邪魔って言われてんのよ!! じゃあね悠ちゃん、ごゆっくり~」


 奥さんが店主を引っ張って行ってくれたから慌てて優姫に向き直る。手が止まってぎこちなく笑う彼女と目が合った俺は言い訳がましく口を開いた。


「……良い人達なんだが、その、少し世話焼きで、悪かった……」


「ううん、私の方こそゴメン……流せなくて……」


 そこで会話が途切れる。別に居心地が悪くても構わないと思う自分と何とかしたいと思う自分がいて咄嗟に口から出たのはバイトの話だった。


「ど、どうだ、バイト続けられそうか?」


「へ? あっ……うん!! 頑張る!!」


「……初日から肩ひじ張るな、持たないから、さ」


 何を言ってるんだ俺の口は……早く辞めて欲しいのに目の前から消えて欲しいのに何で真逆の事を言ってるんだ。


「ありがと、やっぱり優しいね悠斗……あっ、ごめっ――――」


「いちいち気にするな、これから俺は……先輩、だから」


 その後、俺は優姫の現在の住居前まで送り驚いた。大学の近くだったからだ。これなら偶然……いや、何を考えてるんだ俺は……。


「今日は本当にありがとう、ゆ……北城さん」


「ああ、じゃあ――――「うん、おやすみ、なさい」


 彼女の寂しい笑顔を前に「また次のシフトで」と簡単な一言すら言えなかった。

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