第十四話「残った彼女の傷跡」
「なんではこっちのセリフだ……」
「で、でも……私、こんな、話が違っ……」
話が違う? 何を言ってるんだ……いや、今はそんな事より目の前の事態に対処すべきだ。
「ふぅ……はっ、初めまして俺は――――「む、無理が有るよ~」
あまりにも混乱して初対面の振りをして逃げようとしたが無理だった当然だ。何をやってるんだ俺は……。
「末野……さん、二年前に言った……関わるなって」
「う、うん……で、でも私、こんなの偶然で」
そう言われてしまえば何も言えない。俺の勘以外は全てが偶然だと言っているし状況的には彼女は白だ。それでも俺は彼女の言葉が気になった。
「い、いや、でも今――――」
「ああ、二人とも!! ちょうど良い所に……」
最初に彼女の口から出た「話が違う」の意味が気になったから聞こうとしたタイミングで優姫の後ろから店長がやって来た。だが、その瞬間だった。
「あっ……ああっ!? いやあああああああああ!?」
「って、うわっ!? 優姫っ!?」
店長が声をかけた瞬間、逃げるように優姫はこっちに向かって猛ダッシュし俺にタックルする勢いで抱き着いて来た。
「いやっ、後ろ!! 来ないで!!」
「おい優姫!! どうした!?」
思わず抱きとめてしまったが顔は真っ青でガタガタ震えている。相手が優姫でも突き放す事は出来ず俺は抱き着かれたまま茫然としていた。
「悠斗ぉ……」
「あ~、やっぱり……でも北城くんは大丈夫なのか? だからか?」
「店長、その……これは、何か知ってるんですか?」
事態がさっぱり飲み込めない俺は店長に尋ねると俺達を引き合わせてから話すつもりだったと話を始めた。
「――――という訳で簡単に言うと男性恐怖症……なんだそうだ末野さんは」
男性恐怖症、文字通り男性に恐怖を感じる不安障害。俺の腕の中でガタガタ震えている彼女を見れば演技じゃないのは分かる。むしろこれが演技だったら世の中の女優は職を失うレベルだ。
「なるほど、優姫? ゆ・う・ひ!!」
「あ、ああ……悠、斗?」
軽く肩を揺らすと目の焦点が合って完全に俺と目が合い今度は顔が真っ赤になっていた。どうやら正気には戻ったらしい。
「そろそろ、離れてくれないか?」
「あっ、ごめん居心地よくて、つい……」
何が居心地が良いだ俺は色んな意味で最悪だ。それに昔抱き締めた時と同じ感触が戻って来て複雑な心境しかない。だが次の瞬間、俺から離れると力が抜けたのかストンとその場に座り込んでいた。
「大丈夫かい末野さん?」
「は、はい、すいません店長……悠斗も、ごめん」
「別に、もう立てる?」
俺は溜息を付きながら優姫の手を取り立たせると事情を聞くことにした。早くしないとバイトの始まる時間になってしまう。
◇
「じゃあ今から売り場に出るけど注意事項はさっきので全部だな?」
「う、うん……悠斗」
俺は今の優姫の注意事項のメモをサッと見て脳に叩き込む。昔は明るく積極的だったのに今は真逆で陰気なオーラが漂っているが客商売がこの顔はいけない。
「優姫、まず外に出たら俺の事は北城って苗字で呼べ、ネームプレートは苗字だけだから俺も末野って呼ぶ、何か個人情報の観点らしい」
「そうだった、ご、ごめん……」
「あと、最初は分からないことが多いと思うから俺に必ず聞くこと」
「は、はい!!」
おっかなびっくりしているが顔は真剣だ。だから最後に一番大事な注意点を言って俺は彼女の後ろに立った。
「あと今日は俺が後ろに立ってるから前だけ注意してればいい、分かったか?」
「う、うん……じゃなくて、はい!!」
理由は聞けなかったが男が背後に立つとPTSDでパニック障害を起こすそうだ。だが俺だけ例外なのが先ほど判明した。少し都合がいい気もするが構わない。俺は優姫に言わなきゃいけないことが有るし好都合だ。
「じゃあ、まずは店の入り口の野菜コーナーからだ」
「はい!!」
動きを見る限り基本は問題無いし指示は聞いてくれるから大丈夫だ。それにもう一つの注意点も俺は忘れないようにしないといけない。
「よし、大体こんな感じだ、基本は棚卸や陳列……並べたり足りない物を補充したりがメインだ。レジは一通り覚えてからで……それで左手は本当に大丈夫か?」
「うん、少し古いけど今の私の腕は丈夫だから!! 重いのも持てるし」
「そう、か……」
彼女が二年前と違うのは失った左腕だ。もちろん生えたりしないし義手だ。ある程度は動かせて手袋を付けていればパッと見は普通で日常生活に支障は無いと自己申告された。
「うん、ほら、ちゃんと運べるし、それに右腕だけ筋肉も付いちゃって……」
「分かった……じゃあ他も回ってチェックしつつ残りの売り場に行こう」
「はい!!」
ここでグチグチ考えても仕方ないし今は仕事だ。俺達の事情なんてお客様は知らない。それから終業まで俺の予想に反し何事も無く優姫の研修初日は終わった。
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