第十三話「不意打ちのトラウマ」


 翌日、俺はサークルに顔を出さずに午後の講義だけ出て大学を素早く抜け出そうとした。しかし校門前で張っていた先輩達に捕まった。


「何ですか?」


「いやいや昨日はどうだったんよ、紅林ちゃんと?」


「話す必要は無いです」


 そして学食の奥の目立たない席で俺は二人に囲まれ尋問を受けていた。俺が一年の冬、あの時も二人と今は居ない先輩の三人に捕まって相談を無理やり受けさせられていたのを思い出す。


「ふ~ん、そういうこと言う?」


「言いますよ」


「なら君の五つの弱味の一つを皆にバラしちゃうぞ?」


「どうぞご勝手に……」


 それは正直……困る。だけど俺の過去が暴かれるよりはマシだ。この人達は大学からの出来事は知っていても、それ以前の俺の過去は知らない。


「うわぁ……これガチの方じゃん、ど~する、さっちん?」


「だから言ったろ、お前は本当に……」


「俺が辞めます……そもそも先輩たち以外と馴染めませんから」


 去年まで先輩たちの優しさに甘えていたから俺はサークルでも楽しめたし他のメンバーともやってこれた。でも先輩達は就活メインになるだろうし潮時だ。


「北城って基本、私らとばっか一緒だったもんね……」


「だが、お前が辞めればいいって問題じゃないぞ」


「どういう意味ですか?」


 俺が尋ねると幸手さんは声を一段下げて言った。大学内では少しの噂話も簡単に広がる時も有る。特に俺の所属サークルは学内でも注目されてて警戒は欠かせない。


「お前は知らないだろうが目立ってるぞ彼女」


「フット猿共相手に困ってたから私と朝霞ちゃんで連れて来たの、そしたら偶然にも、うちのサークル探してたって話でね~」


 朝霞とは俺と同じ三年の女子で次期サークル代表の女だ。たしか法学部で割と固い奴だ。そういえば昔の紅林さんに少し似ている気もする……言葉遣い以外は……。


「フットサル同好会が……紅林さんを? 彼女はまた狙われてるのか!?」


「やっぱり知り合いなんだね?」


「俺の後悔です……それしか言えません」


 後悔、そう後悔しかない。兄達に奪われた喪失感、それと彼女達を巻き込んで傷付けたという負い目、何より自分の弱さと情けなさで後悔しか無い。もっと俺が強かったら二人を傷付けずに済んだという後悔が今も俺を支配している。


「そう、深く聞かないけど北城、昨日ので三芳・小川コンビに火が付いたみたいよ」


「それこそご自由に……」


 向こうは用が有るのだろうが俺がサークルを辞めたら接点は減るし別な付き合いが増えれば俺に構う暇も無くなるはずだ。それに今度はちゃんとした恋人が彼女に出来るのなら俺もやっと諦められる。だが、そう思いながらも胸は締め付けられた。


「いいのか北城?」


「とにかく勘弁して下さい。明日のバイトも少し厄介事で……」


「そうなん? じゃあ新代表の集まりは出てあげてね」


 何とか二人の先輩と話を終えると俺は駐車場の車で家には戻らずストレス発散の場所に向かった。あそこに行けば俺のモヤモヤした気持ちも少しは晴れる。忘れる事が出来るから……。




「じゃあ行ってきます、婆ちゃん」


「ええ、行ってらっしゃい悠斗」


 翌朝、俺は婆ちゃんと二人で朝食だった。爺ちゃんは朝一で仕事で今日お手伝いさん達も休みらしい。


「今日、バイトで少し遅くなるけど連絡するから」


「ええ、分かったわ気を付けてね」


 こんなやり取りも屋敷に来てからだ。親との会話なんて皆無、そして兄達との会話なんて覚えて無いし思い出したくも無い。そんな事を考えながら大学に到着し講義室に入ると声をかけられた。


「お~い、ここ空いてるぞ」


「はぁ、今度はあいつらか……」


 独り言をボソッと呟くと俺は断る理由も無いから座ると隣の小川が昨日の話題を出して来た。お陰で講義中に二回も注意された。


「明日にしてくれ顔は出す」


「それを聞いて安心した、三芳も気にしてたんだ」


「気にしてるのは紅林さんだろ?」


 俺が皮肉を言うと小川は「まあな」と言いながら何か含みの有る顔をして頷いたが意外な事を言った。


「それもだけど俺は個人的に気にしてんだよ、お前をさ」


「そうか……金か? 貸せんが?」


「違うから……ったく、お前には借りがあるんだ、なのに無視ばっかすっからよ」


 てっきり三芳のように金貸してくれだと思っていたが小川は本当に話が有ったようだ、それは悪い事をしたと思う……が俺は謝らない。


「そうか、じゃあ明日にでもしてくれ今日はバイト先が面倒でな」


「分かった。明日ふけたらバイト先まで行くからな!!」


 そんな事を言われて小川と別れた俺は、その後もう一つ別の講義を受けてからバイト先に向かった。シフトの時間から四十分は早い到着だった。


「お疲れ様です」


「あ、おはよ北城くん早いわね~」


 パートの白岡さんが挨拶と同時にアメをくれた。気のいいオバちゃんで去年まで鮮魚コーナーで解体の指導をしてもらっていた。


「アメちゃんど~も、今日から新人任されるんで早めに出て来ました」


「そっかそっかぁ、頑張りな~」


 白岡さんは、よっこらせっと言って立ち上がると休憩室から出て行った。相変わらず貫録が有るオカンな雰囲気だ。でも一気に暇になった。


「卒論もテーマ決めないとな、サークルは彼女の件を考えると……」


 誰にも相談できないと独り言が増える。年寄りみたいだ誰かに相談したいと思っていたらコンコンとノックの音が響いた。今、休憩室は俺だけだ。次の休憩は15時で俺の入りの時間だからタイミング的には少し早い。


「どうぞ、今はバイトしかいませんよ」


 いつまでも入って来ないから気になってドア越しに少し大きい声を出す。すると扉の前でハッと息遣いが聞こえ続いてドアが開いた。


「……は、はい、今日からお世話になります、え?」


「どうぞっ……え?」


 入って来たのは肩にかかる黒髪にアンダーリムのメガネをかけた女だった。だが俺は一瞬で分かった、いや分かってしまった。メガネをかけてようが髪が長かろうが一発で誰か瞬時に理解していた。


「悠斗……なんで……?」


「ゆう……ひ?」

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