第十二話「弱い自分の生き方」



 声をかけて来たのは横瀬先輩だ。ブレーキ役の幸手さんは向こうで他の先輩の相手をしていて気付いて無い……最悪だ。


「あっ、私も思いましたよ~」


「俺、密かに紅林ちゃん狙いだったのにダークホースかよ」


「まさかの北城先輩かよ……」


 三芳や他の同級生、二年の後輩までワイワイ集まって来て俺の話題になっていた。そもそも飲み会にあまり出ないから珍しいのだろう。そう思って放置していると話題はすぐに怪しい方向へ流れて行く。


「ほんとほんと、あの女嫌いの御曹司がさ」


「え? 女……嫌い? ゆっ……先輩が?」


 そして普段は避けている俺の話題が出た。酔った時にサークルメンバーが高確率でするのが俺の女嫌いネタだ。大学に入ってから二度ほど告白され俺が両方とも断ってから噂が一気に広まった。


「おい、新入生相手に止めろ……」


「良いじゃねえかライバル減らしたいんだよ、コイツ昔な~んか有ったらしくて、そんで恋愛とか大嫌いな絶食系男子なんだよ~」


「おい!! 酔い過ぎだ三芳も!!」


 その言葉を聞いた瞬間に同級生や慣れた二年は笑っている。実際はトラウマが原因で恋愛をするのが恐いだけだが周りには女嫌いだと嘘を付いていた。そして紅林さんは顔面蒼白になっていた。


「マジになんなって北城~、親睦の飲み会なんだしさ、ね~紅林ちゃん?」


「あっ、いえ……ああっ……その」


 そう言って紅林さんの肩を抱こうとした三芳の腕を払い、さり気無くガードする。コイツのお持ち帰りの常套テクだが俺は咄嗟に彼女を守っていた。そして更に混迷化しそうな飲み会に救世主が現れた。


「そこまで、悪ノリし過ぎだ、お前らいい加減にしろ!!」


「幸手さん、すいません俺」


「悪かった北城……せっかく来てくれたのに」


 こうやってノリも悪く上手く話も流せず場を乱すから飲み会に来たく無かった。それくらい事件については今でもトラウマだ。大事な初恋も好きな人も、そして家族を含め多くを失った。


「いえ、俺は……大丈夫、ですから」


「やっぱり……まだ」


「余計なこと言うな……じゃあ先輩……俺、今日は……」


 俺は紅林さんにだけ聞こえるようにキツ目に言うと先輩にだけ再度謝って素早く店を出た。




「何で付いて来た……紅林さん」


 足早に店を出て帰ろうとする俺の後ろには当然のように彼女が付いて来ていた。


「その……勢いで」


「二年前の話……忘れた訳じゃないよな?」


 確認するように言うと頷いて彼女は困ったような顔をした。その顔に簡単に惹かれそうになる自分が嫌になる。そして紅林さんが口を開いた。


「うん、覚えてる……やっぱり二年じゃダメか……」


「時間とかじゃない……分かるだろ?」


 彼女の狙いが何か想像は付く。十中八九、過去の贖罪だ。生真面目な彼女の性格から考えて全てを清算しなければ前に進めないからだ。


「ま、まあ……そっか」


「君は前に納得してくれたし頭も良いから分かってくれてると思ったけど?」


 まだ関わって来る気なら俺も対応を変えると案に言う。どうやって調べたかは分からないけど目の前に現れたのは偶然じゃないのは先ほどの言葉で理解した。


「それで優姫にはキツいことを言ったの?」


「まだ、彼女とも連絡を?」


「うん……だって私達、一応は戦友だから」


 そう言ってフッと笑う彼女の顔は諦観に似たような笑みで俺の心は大いに乱れ、そして怒りが限界点を越えた。本当にイライラさせるのにかけて彼女は天才だ。だから自然と口も動いていた。


「戦友か……危険を一緒に乗り越えた時に生まれた友情か? それとも惨めに捨てられた女同士の傷のなめ合い? 」


「っ……あ、あのさ、その通り……だけど、それでも優姫の事はそこまで言うのは止めてあげて……あの子は私と違って事情が……」


 最後は絞り出すように言ったが俺の心は余計に冷たくなった。ああ、美しいかな庇い合い。必死に過去の事件から立ち直ろうとする二人には涙が出る……その当事者が俺じゃなかったらの話だがな。


「そうか彼女は恩人だったな……良いよな君達はさ」


「何が? 私達だって……それなりに苦しんで――――「傷をなめ合える相手がいるのって楽だよな? 俺は三年間ずっと一人、だった……」


「っ!?」


 先ほどのような場面は何も今日が初めてでは無く何度も有った。その度に俺はいつも心にダメージを負っていた。今までは周りに面倒な金持ちの御曹司程度にしか思われてない。でも彼女が現れたせいで明日からは変わってしまうだろう。


「もう放っておいてくれ……」


 もう傷付きたくない、弱いんだよ俺は……だから君達を置いてあの時、逃げ出して……何で追って来るんだ紅林さん。


「木崎くん……でも私は!?」


 それ以上は聞きたくない。だから二年前とは違い今回は彼女の言葉を聞かず足早に立ち去った。まだ俺は弱いままだったと思い知らされた。

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