第二話「また奪われる日々」


 それから何時間経ったか分からないけど気付けば家の中は静かになっていた。心を落ち着けたくてリビングに行くと両親と一緒に上の兄の広樹も帰って来ていた。


「広樹兄さん……帰って、たんだ」


「ああ、さっき戻った。父さん達と玄関で会ったんだ」


 両親は共働きで父は企業の代表取締役つまり社長で母も同じ会社の研究所で働いているから二人とも帰りは遅い。むしろ今日は早いくらいだ。それより問題は兄だ。こんな時間まで何をしていたんだろう。


「ふぅ、飯はいい。俺は寝る」


「ええ、あなた、お休みなさい。私も寝るわ。二人とも勝手にご飯は食べてね」


 それだけ言うと二人は寝室に引き上げて行った。いつもの光景だ。そして僕は兄と二人だけになった。


「あの、兄さん今日は――――「芽理愛めりあを家まで送って来た」


「えっ?」


「お前が急に眠って起きないから俺が送った、むしろ感謝しろ」


 だが変だ。家に帰って来たばかりなのにシャンプーの香りがするし夕方に勉強を教えてもらった時と服装も違うから嫌な予感しかしなかった。


「う、うん……でも、こんな時間まで」

(呼び捨て……夕方までは苗字だったのに)


「送った後にドライブして来ただけだ、ああ、それだけだ」

(意外と身持ちが固くて隙が無かった……面倒な女を好きになりやがって無能が)


 だが兄さんはニヤニヤしていた。その顔は小さい頃から僕をからかったりイジメをする時と同じ顔で僕は嫌な予感に震えるしかなかった。だが、そんな僕に追い打ちをかけるようにピロンと電子音が鳴った。


「ほら安心しろ芽理愛は今から寝るってさ」


「え? 連絡先……交換したの?」


 スマホには僕も先週教えてもらったIDとアイコンが載っていた。そこで僕は確信した。二人は恐らくもう……。


「ああ、交換しようって向こうから……悪い。俺も今日は疲れたから寝るよ……じゃあな、くっくっくっ……」


 あくびを嚙み殺しながら一瞬だけ僕の方を見るとニヤリ広樹兄さんは笑った。勝利を確信したような笑顔を浮かべて僕を嘲笑っていた。




「ねえ悠斗くん。今日も広樹さんと一緒に勉強しよ!!」


「えっ、また……僕の家?」


 翌日の紅林さんの第一声がこれだった。顔を見れば分かる恋する女の顔だ。また僕は好きな人を、いや今回は好きになれそうな人を取られるんだと実感していた。


「うん、その……昨日、広樹さんに今日も、ぜひ家に来て欲しいって」


「ダメだよ。毎日は……」


「でも来て良いって、ほらスマホで連絡くれたし」


 そう言ってスマホの画面を見せて来た紅林さんに改めてショックを受けて思わず呟いていた。


「もう、ID交換したん……だね」


「あっ、その……強引にスマホに入れられちゃって、あっ、その!? 私、ああいう強引なの弱いんだ……」


 顔が真っ赤で焦りながら言った言葉で全て確信した。昨日、二人は関係を持った。そうか、でも今の話しぶりだと無理やりの可能性も有るから僕は一縷の望みを託して口を開く。


「もしかして兄さんに何か変な事とか、された?」


「えっ!? な、何もされてないから!! もう、いい!! じゃあね!!」


 それだけ言うと彼女は自分の席に戻ってしまった。それからも何度か僕は事情を聞こうとしたが全て質問をはぐらかされた。


「本当に何でも無いから……しつこいよ」


「僕は紅林さんが心配で……それに兄は昔から少し厄介な人で!!」


「自分のお兄さんを悪く言うの感心しないよ、あんなに優しくて良い人なのに」


 そして僕はその日以降、紅林さんと話す事は無くなってしまった。それから一週間後、一気に事態は動いた。




「兄さん!! 彼女に何をした!?」


「何だ芽理愛から聞いてないのか? 俺たち付き合うことになったんだ」


「え? 何で、そんな急に……」


 僕が固まっていると広樹兄さんはニタァと、いやらしい笑みを浮かべて俺を見た。


「そんなの、お前が狙ってたからに決まってるだろ?」


「やっぱり……そう、か」


 昔から兄達は二人とも僕の物を奪い取り泣かすのが趣味で楽しんでいた。小さい頃から僕は二人のオモチャ扱いだ。しかも両親は成績優秀な広樹の言うことを全面的に信用し僕の話を一切取り合わず僕が他の大人に告げ口すると誠一郎に暴力で報復される。そんな二人を注意するのはたまに家に来る祖父母くらいだった。


「兄さん、僕がそんなに憎いの?」


「いいや大好きだ!! お前が悔しそうに震える所を見るのが大好きなんだ!!」


「そうだよ。お前って最高のオモチャだからな」


 いつの間にか自室から降りて来た半裸の誠一郎兄さんも居た。何が始まりかは分からないけど僕は物心が付いた時には親も友達も、そして今は好きな女の子も取られて何も出来ない弱虫になっていた。


「そう……なんだ」


「あっ、悠斗、大丈夫……わたし」


 僕は茫然となって部屋に戻ろうと廊下に出ると今日も家に居た優姫に声をかけられたが無視した。彼女を見ているだけで心が壊れそうだ。


「ああ、それより広兄ぃ、今度のサークルのパーティーだけどさ」


「ああ十人はカモを集めろよ、待て、ちょうど良い……芽理愛もデビューさせるか」


 そしてリビングで何か話しているが僕には全部どうでもよくなった。それから一週間後、紅林さんは学校を無断欠席した。

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