第6話 ドライブデート
「この世界でこんな体験できるとは思っていなかったわ!」
「この世界?」
まさか、壮大な草原を赤いオープンカーで走ることができるなんて!
心地よい風になびいた桃色の髪を、耳にかける。
癖毛の強い個性的な男優が運転する助手席に、アンティーク調の豪奢なワンピースを着た女優が髪を靡かせている。ハリウッドでも通じるワンシーンだわ。
運転席に座った黒モジャことヴィリーははにかみながら頬を掻いていた。
「そんな大袈裟に褒めてもらえると、自信がでます……」
「まさか私の持参金が車に化けるとは思わなかったけど」
「うっ」
貴族の結婚の際には、新婦が持参金を持っていくのが習わしである。
いわゆる結婚式の元手だったり、これから一生面倒みてやってくださいという費用だったりするが……|非魔法人〈ノンブレス〉として面汚しだったコルネリアには、相応の色が付けられたらしい。
そのお金を使って、ヴィリーは長年お金の問題で『仮想』だった車の試作品を作ることができたらしい。ちなみにどうして飛空挺を作らなかったのかと聞いたら、そこまでの費用には足りなかったようだ。
「本当はこういう開発には大貴族のスポンサーが必須なんですけど……何も成果がなかった先代や先々代の後なので、誰も援助してくれず……なので前段階として陸用の移動車で、支援候補者の興味が引けたらと思いまして……」
なるほど。この世界でも大規模なプロジェクトを動かすためにはスポンサー集めから始めなければならないらしい。そのためのプレゼンとして、この車か……。この青年、本当に地頭はいいみたいだね。余計な母親代わりのばあやさえいなければ。
スポンサー、プレゼン、他に必要になるのは広告、あたりか……。
ヴィリーの常におどおどした態度から、どうもそこらを上手くやれそうな気がしない。妻として、それらを支えて、本当に飛空艇ができたのなら。
――もしかしたら、私も夢が叶えられるのでは?
「ところで、どうして私に対して敬語なの?」
「えっ? だって、俺らまだ出会って間もない……」
「間も少なくても長くても、夫婦なんだから。私たちは対等であるべきなんじゃないの?」
自分で言っていて、それは前世の考えかも、なんて気付く。
だって中世的な価値観で言えば、男尊女卑だっておかしくない。実際『コルネリア』の価値観でも女性は半歩下がって男を立てるべきとあるようだ。
それなのに、恥ずかしそうに耳を赤く染めるのは、きっと彼がこの世界では珍しく、私にとって馴染みある形に近いからだろう。
「……ありがとう。俺の方から、もっと早くきみに話しかけていればよかった」
「そうね。そうしたら、『私』も自殺なんてしなかったかも?」
あーあ、せっかくご機嫌だった黒モジャがしょげちゃった。
ま、そんな意地悪くらい許されるでしょ。
だって『コルネリア』という役について考えたら、とても苦しくなるんだもの。
新婚三か月で飛び降り自殺しようとした……という『設定』のコルネリア。
どんなに悲しかっただろうか。
どんなに悔しかっただろうか。
これはあくまで、設定から私が分析しただけの気持ちだ。
本当の『コルネリア』は違うことを思っていたかもしれない。
それでも、あなたとの新しい生活にわずかな夢をみていた少女が、厳しい現実に窓から落ちることになってしまった。その事実を、この青年はしっかり悔いるべきである。
「あなたを追い詰めたこと、許されるとは思っていません」
「そう」
「それなのに、俺にやり直す機会をくれて、ありがとう」
……これは、また……。
ずいぶんと気まずくなることを言ってくれる。私に前世の記憶が戻ったなんて知ったら、あなたこそ私を軽蔑するのでは?
だから私は、話を変える。
「それにしても、この魔道四輪車って凄いわよね。こんな画期的なものが量産されたら、本当に世界が変わるじゃない」
「そう、この車は凄くてね。既存の動力をトリプル構造にして――」
うん。この手の人によくあることだけど、得意なことになると途端に饒舌になるってやつ。正直動力だサスペンションだなんて言われたって、私にはさっぱりだけど。
彼が好きなことを話してくれるようになっただけ、心を開いてくれたということだろう。
ま、浮かれるのもわからないでもないわ。
だって、この世界の陸路の旅といったら、馬車が基本だ。
それなのに馬も要らず、速度も馬車より速い。まさに世界を変える開発なんだもの。
「これ、|非魔法人〈ノンブレス〉でも運転できるんだ。やってみる?」
「動力に魔法はいらないの?」
「魔力を電気変換してエネルギーにしているんだ。だから充電だけはまだ
なるほど、まだ課題は多そうな気がするけれど……それでも、私は助手席から下りて運転席へと移動する。ハンドルの形は多少違えど、アクセルとブレーキは前世のものとかなり似ていた。ヴィリーからの口頭説明でもしっかりそれを確認してから、私はアクセルを踏む。
のどかな一本道を、ひたすらまっすぐ走る。
顔を切っていく風がとても心地いい。
「こんなのんびりドライブなんて久しぶりだわ」
「えっ、どこでそんな経験が?」
「ふふっ、今はまだ秘密」
私が意地悪く人差し指を口元で立てると、助手席のヴィリーが顔を真っ赤に俯いた。
やっぱり私の顔には、この世界でも価値がありそうである。
「もう少し、離れた場所に停めても……」
「デビューしたての原石は人目に晒してこそだわ」
そうして町に着くと、人々の視線がギョロギョロと集まった。
そりゃあ、車のない世界で、真っ赤なオープンカーがいきなり現れたんだもの。前世の黒船来訪みたいなものである。
開発者ヴィリーは恥ずかしそうにしているものの、ペリーの気分を味わえる経験なんてそうそうないわ。私は堂々とオープンカーから降り、手近な人に話しかけた。
「このあたりでいい商人さんに心当たりはない? 新しい行商経路が欲しいの」
「悪魔伯爵……?」
町の人々が、何やらコソコソと会議を始める。
へぇ、一般市民にも『悪魔伯爵』の二つ名は知れ渡っているのね。この悪名とはいえ、ゼロから知名度を築くのはSNSもない時代に難しいもの。だったら今後、利用していくしかないのだけど……。
とりあえず、私たちは町人が紹介してくれた商人の元へ。
そこには寂れた露天を開く、如何にも強面なおじさんが私たちを睨みつけていた。
「悪いが、俺たち町人風情は魔道伯様のような金持ちと商売するつもりはない」
どうやら町人さんらは、自分たちでは断りにくいからと、気が強い庶民の味方に嫌な役を押し付けたらしい。つまり、この強面なおじさんはそれだけいい人ということだ。
ならば、ビビるヴィリーをよそに、全力で敬意と媚を売る価値があるというもの。
「残念ながら、私たちはもう貧乏なものでして。もちろん適正価格で食料品などを卸していただければと思っておりますわ」
「だが、魔道伯の家は町からかなり距離があるだろう。ワシらでは運送するだけの人手や手間賃のほうがかかって、オタクらにとってもマイナスにしかならないんじゃないのか?」
木箱に入った野菜を手に取ってみる。
張りのあるトマト。芽の少ないジャガイモ。よほど今までの商人が持ってくる野菜より美味しそうだわ。だから運送の問題さえ解決できれば、今までと同じ値段を払ったとしても乗り換えたほうがお得ね。
「それなら、いい案があるの」
だから、私はにっこりと微笑んでみせた。
「運送の馬車の代わりに、私たちが所有する乗り物を提供するわ」
『えっ?』
商人と一緒に目を丸くしたヴィリーが可愛く見えたのは、ここだけの話である。
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