第5話 嫌われるなど慣れている
一般的なヨーロッパ的貴族の場合、家の中の取り仕切るのは執事の仕事である。そして奥様のお付きの人が侍女・侍女長と呼ばれる人たちのはずなのだが……どうやらこのフラウ家、お局オブお局であるマーサばあやが、まるで女主人であるかのように牛耳っているのである。
「――というわけで、私がこれから一か月、この屋敷のことを仕切らせてもらうわね」
「そんな勝手が許すわけがないだろう!」
さすがは没落目前のお屋敷。使用人らといえど、全員で十人もいない。
彼ら全員を集合させ、朝礼時に挨拶した私、コルネリア=フラウ。
当然、侍女長マーサが唾を飛ばしてくるのはわかっていたので、旦那様に書いてもらった一筆で防がせていただいた。
「ほら、息子のように育ててきた人の筆跡がわからないとは言わないでしょう? 私がぜひ旦那様のサポートがしたいと願い出たら、ぜひ屋敷のことを任せたいと」
しかし、私にも向き不向きがあるし、周りからの信用を得ないことには話にならないので。
とりあえずお試しで一か月。その間に何かしらの成果が出れば、そのまま続けるということで、執事スチュアートのサポートの元、家のことを任せてもらったのだ。
「え~、弱虫の魔力なしが偉そうに……」
あら、あなたは昨日のメイドさん。
ここは見本になってもらおうかしら?
私は容赦なく短鞭を取り出して、ビシッと腕を叩かせていただく。
「ヒィッ」
「私は夫人。あなたたちは使用人――それが理解できないなら、まず身体で覚えるところから始めましょうか?」
言わずもがな、短鞭の扱いもしっかり特訓したことがあるので、音は大きいけど痕に残るような怪我はしない打ち方をマスターしている。
マーサ含めて、特に女の召使たちが怯えていたり、睨んできたり。
だけど、私は皆ににっこりと笑みを返した。
ハリウッドに招待された悪役女優を舐めないでほしいわ。
人に嫌われるなど、飽きるほど慣れている。
とまぁ、しばしばマーサがうるさいのは置いといて。
私は数日で大体の使用人らを掌握すると、帳簿の確認を始めていた。
前世では、もちろんマネージャーがいたけれど。女優業なんていつ干されるかわからない。OLの役作りも兼ねて、簡単な簿記や経理の資格をしておいたことが、まさか死後の世界で役立つなんて。
でも、私は今、小首を傾げている。
簿記や経理云々置いておいて、十人程度の食費としては高くないかしら?
「スチュアート。この取引先とは長いの?」
「……先々代からのお抱えとなっています」
「今の間は?」
「……マーサ様の妹さんが嫁いだ先でして」
「なるほど。それじゃあ、もううちには商品を持ってこないように連絡しておいて」
スチュアートはコルネリアより少し年上の、執事というわりに若い青年である。
彼にまつわる情報をコルネリアはほとんど持ち合わせていないけれど……まぁ、あのマーサに頭が上がらないのは見ての通り明らかなので。
たじろぐスチュアートに、私はにっこり微笑んだ。
「責任は全部私が取るから――あ、あと馬車の準備をしてもらえる?」
身内を儲けさせてあげようと、敢えて相場より高い値段で取引をすることは芸能界でもよくある話。そうしたコネづくりをすべて悪いとは言わないけれど……没落寸前まで追い込まれてまで、することではないよね。
とは言っても、このお屋敷からの自然の風景は絶景。つまり町からかなり距離があるということ。そして残念ながら、長年他と取引していなかった&現在没落間際とのことで、他の商人に伝手はないという。
なので、こんな場所で生きていくためには、新しい行商人の手を借りなければならない。
「マーサ様の許可がないと馬は出せませんなぁ」
「あら、夫人に盾突く気?」
私が鞭を取り出してみると、御者兼護衛役という男は安い笑みを浮かべてきた。
「殴りたいなら、どうぞいくらでも?」
なかなか屈強な男である。たしかに見掛け倒しの女の鞭技術で、ビビってくれるのはかわいいメイドさんくらいのものでしょうね。
今の私が、屈強な男に言うことを利かせる方法……お金はないし、色仕掛けは……あまりしたくはないわね。『コルネリア』を安売りしたくはないもの。
「それじゃあ、他を当たるわ」
なので、私はあっさり踵を返す。後ろから「本当にいいのか⁉ この家じゃ馬車はおれしか動かせんぞ!」なんて喚いているから……まぁ、次回からは何とかなりそうだけど。
だけどとりあえず今をどうしようかしらと、歩きながら考えていた時だった。
木の影から、ひょっこり黒モジャこと、ヴィリー=フラウ旦那様が顔を出す。
「あの……町に行きたい……んですか?」
「そうなの」
「目立っても良ければ……手がないこともないんですけど……」
正直、あなたがあの御者に命じてくれればすべては丸く収まるのだけど。
それでも、私は彼のお誘いにワクワクしてしまったのだ。
「私、目立つことって大好き」
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