第7話 初めての夜会にて
「いい? 一流の振る舞いをしていれば、それなりの人が集まってくるものよ?」
「ははは、はい……そうだと、いいです、ね……」
あれから三週間。
タキシードを纏った若き魔法伯・ヴィリー=フラウが私の隣でガクブル震えていた。黒モジャもしっかり後ろで束ねて、前髪もあげて、ひげも剃って。少し童顔だけど、とても色気のある顔付きなのにね。背も高いし。もちろん、私がすべて屋敷にあるもので小物までコーディネートしたわ。だから怖気づく必要なんかのに。
それに、そもそも失礼しちゃう。このハリウッド級の天才女優・早乙女イヴ……ではないけれど、私が三週間で磨いた絶世の美女『コルネリア』をエスコートする名誉を受けておいて、自信がないなんて。
ちなみに、私はよくいえば古風な、アンティーク感満載のドレスに身を包んでいた。『コルネリア』の感覚でも、このドレスのデザインは前世紀くらいの古いものらしい。
だけど、手入れがしっかりしていたのか、生地もしっかりしているし、高級感もある。ならば、あとは着こなす人間の問題――と、私はヴィリーの腕を掴みながら、堂々と赤い絨毯を闊歩する。
星夜の下で、暖色の明かりが灯された立派な玄関を抜ければ、まるで映画の中のような舞踏会。私のドレスより軽そうなシルク感のあるドレスに身を包んだ貴婦人たちが、一斉に私を見て息を呑んでいた。
「あれが悪魔伯爵の……?」
「赤い四輪車で噂の……?」
私はゆるりと笑みを浮かべながら、開会のあいさつまでそっとホールの端に身を寄せる。
すると、すでに汗だくのヴィリーが声を潜めて訴えてきた。
「やっぱり俺たち、悪目立ちしてませんか⁉」
「目立ちに来たんだから当然でしょう?」
私たちがここ、侯爵家の夜会に呼ばれたのは『赤い四輪車』の噂が広まったからだ。
取引先を変えた悪魔伯爵が、どうやら赤い四輪車を業者に貸し出しているらしい。
奇抜な見た目の発明品を、躊躇いなく平民に貸し出している。
そんなとんでもない噂はあっという間に社交界に飛び交い、噂好きで有名なカレイド侯爵から『ぜひご夫婦で』と招待状が届いたのだ。
どうやらカレイド侯爵は、この国で随一の投資家という話。
この機は逃せないと、私たちは一張羅を身に着けて馳せ参じたのである。
「いい、ヴィリー。カレイド侯爵がスポンサーについてくれたら、一気に夢に近づけるわよ」
「そ、その理屈は……百も承知ですけど……」
……だけど、どうしよ。この人見知り。
最近、私にはだいぶ懐いてくれたので油断していたが……ここまでだったとは。
当然、このスポンサーゲット作戦の鍵はヴィリーである。彼が如何に上手く侯爵に売り込めるか、自分の発明品がいかに素晴らしいのか、本当は彼の口から説明するのが一番なのだけど。
そんな時だった。華やかなトランペットが鳴り響くのと同時に、本日のホストであるカレイド侯爵の挨拶が始まる。とても短い挨拶だ。営業で成り上がっていそうな四十代のナイスミドルである。
そして挨拶も終わり、音楽が賑やかな踊りやすいものに変わった途端……その侯爵はまっすぐ私たちの元へやってきた。
「この度はご参加いただきありがとう。かの有名な魔法伯に参加いただけるなんて、それだけで我が家の評判も上がるというものだ」
「ふふっ、光栄なのはこちらのほうですわ」
ずっと「あの……その……」と震えている主人に代わり、私が挨拶を返す。
「数か月前にフラウ家に嫁いで参りました、コルネリアと申します。主人共々、これから仲良くしていただけると嬉しいですわ」
私の所作に、侯爵が「ほお」と顎を撫でる。
「フラウ伯、奥方をお借りしても?」
「あ、その、つ、つつ妻? が、良ければ?」
「ふふっ、ぜひダンスのエスコートをお願いしたいですわ」
ヴィリーは……私のことを『妻』と呼ぶことに緊張したのかしら?
そのことを愛らしく思いつつも、私は『優雅な貴婦人』の演技を続け、侯爵に差し出された手に自分の手を重ねる。
「あの弱虫令嬢が」
「
そんなヒソヒソ話が私の耳にまで届くけど、鼻で笑っちゃうわね。
私の前世では、魔法なんて使えないのが当たり前だっての。
もちろん、社交ダンスなんて足の爪が割れるほどレッスンを受けていた。
『コルネリア』自身は苦手だったのか、少し身体がぎこちないけれど……侯爵の足を踏んでしまうという『演技』が、功を奏すこともある。
「ごめんなさい……正直、あまり踊りなれていなくて」
「気にしなくていい。君の今までの噂を承知で誘ったのだから――ダンスは練習を重ねてこそ上手くなるものだ。この中年を、練習相手に使ってくれやしないかね?」
そう――大物であればあるほど、前向きな若人に寛容であるものよ。
だから、この侯爵は合格。全力で口説くことにいたしましょう。
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
引き続き、
私が視線だけで侯爵に尋ねると、彼は少しだけ残念そうな顔で、そっと私の手を離した。
「良い。たくさん練習をしてきなさい」
「今度踊る時は、もっと上手くなっておくので楽しみにしていてくださいね」
「あぁ、約束だ」
そして、私は適当に三人程度と踊る。もちろん全員に愛想を振る舞い、時にわざと失敗して見せては、愛嬌を披露する。ドレスのことを聞いてくる人もいた。そんな対処は簡単だ。
「そう、似合わないかしら?」
自信満々に聞いてやれば、大抵の人は「そんなことないよ」と答えるもの。
実際、『古く』ても『ダサくない』ものを選んでいるし。服は着られるものではなく、着るものよ。私がドレスに左右される程度の女なんて思わないでほしいわ。
そうして適当なところで、私は「さすがに息が上がってしまいましたわ」とホールの端へと避けた。十分に会場の注目を浴びることはできただろう。
こうして『コルネリア=フラウ』の知名度をあげている間に、ヴィリーが上手く交渉してくれていたらいいのだけど……そんな淡い期待を胸に、彼の元へ戻ってみれば。
「行商人に貸しているという赤い四輪車はどんな仕組みなんだね?」
「あの……魔導回路を…………トリプル…………」
よーく耳を澄ませば、ヴィリーが懸命に話しているのが聞き取れるけれど。
そんな俯きながらの説明のどこに魅力を感じればいいのだろうか。
「まったく」
本当に世話のかかる旦那様だわ。
私は彼の後ろから腕を組み、笑顔で口を動かした。
「既存の魔導回路をトリプル構造に設計し直しました。そのため魔力の爆発力が増え、推進力と変えています。また導線を細いものに変えただけなので部品の大きさや重量はむしろ縮小化されました。当然耐久性に懸念があがるかと思いますが、空いたサスペンションにコイル状のスプリングを入れましたので、より振動の少ない走行が可能となっております。そのため動力部が暴発する可能性も減り、計算通りの動きが保証されました」
私がペラペラと話したことに、目を見開くのはカレイド侯爵らのみならず、ヴィリーもだった。だけど、私はきっちり彼を立てることを忘れない。
「――と、以前主人が教えてくれたのですが、私には何が何やらさっぱりで」
すると、険しい顔をしていた侯爵らの顔がワッと綻ぶ。
「あなた、トリプル構造ってなぁに?」
「あの、それは――」
私が一つずつ『ウリ』と思われることに関して簡潔に尋ねれば、彼も私に説明するのは気が緩むのか、私でもわかるようにシンプルな単語で答えてくれる。そんな流れができればあとは簡単。侯爵も要領を得たのか、疑問に思ったことをなるべく平易に尋ね始める。
そんな楽しい夜は、あっという間に終わるもの。
「いやぁ、実にいい話を聞けた。また今度正式に、明るい時間に会えないかね? 魔導四輪車もぜひ運転させてもらいたいし……他の開発品も、実に興味ある!」
大成功な別れ言葉を頂戴し、私たちは華麗に会場を後にする。
人気が減ってから、ヴィリーがこっそり呟いていた。
「俺の話を、あんなに覚えてくれていたなんて」
「あのくらいの長セリフも覚えられないようじゃ、女優は名乗れなくてよ?」
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