第2話 天才悪役女優の夢
◇
私は前世、早乙女イヴという芸名で女優をしていた。
私の芸歴は二歳から始まる。いわゆる子役タレントだ。『実在した天使』だの『百億人に一人の美少女』だの散々もてはやされて、このまま女優へとエスカレーター式に芸歴を積んでいくのかと思いきや……十三歳の時に出演した映画で転機を迎える。
転校生ヒロインをいじめる悪役に抜擢されたのだ。
その映画が劇的な大ヒット。その中でも『堕ちた天使』として私の芝居が大評価され、当時最年少の日本における助演女優賞を獲得。その後もひっきりなしに『悪役』ばかりのオファーが来ては、『天才悪役女優』として確固たる地位を獲得した。
……私は、もっと年相応の可愛い役がしたかったのに。
イケメンに助けられて、恋をして、数年後のウエディングドレスシーンで幕を閉じるような。
そんな最後に笑ってハッピーエンドを迎える女の子を演じたかったのに。
いつのまにか、世間は私にそれを求めてくれなくなっていた。
地獄に堕ちた天使だの、悪魔的美貌だの、そんな黒い異名ばかりがついて行く。
次第に二十四歳の時には、とうとうハリウッドからオファーまで来てしまった。
もちろん『悪役』として。
引き受けない理由がない。日本中が、私の活躍を応援してくれる。
私の『悪役』の演技で、世界中が恐怖し、慟哭をあげ、打倒を掲げる。
『引き受けない理由が……ないわよね……』
そう、撮影の帰り道でやるせのない気持ちを誤魔化すため、歩いて帰宅していた時だった。
雨がコンクリートを濡らす、酔っ払いが多い繁華街。目深にキャップ帽をかぶるジャージの女なんて、誰も目にとめない。
それなのに、気が付いたら歩道橋から突き落とされていた。
『ぼくの〇※✕ちゃんを、突き落としやがって!』
たまにいるのよね、夢とうつつがわからなくなった
しかも彼女の演じたヒロインを突き落としたシーンでは、もちろんスタントマンを使っている。それなのに……『役』ではなく『私』が恨まれるとは。
なんて笑えないバッドエンドなのだろう。
いや、女優として役になりきれたということでハッピーエンド?
明日の報道が気になるな。
『天才悪役女優、ついにうち滅ぼされる』とか書かれてしまうのか。
『最後まで、お芝居していたかったな……』
私には夢があった。
それは主演女優賞を獲ること。悪役ではなく、私がヒロインとしてハッピーエンドを迎えた作品で評価されること。世界を沸かせること。純白のウエディングドレスを着て幕を閉じるような……そんな作品のヒロインになること。
だけど、早乙女イヴの人生はその夢が叶わないまま、幕が閉じてしまうらしい。
階段の下で、私は星も見えない夜空に向かって、ひとり歌っていた。
それは、子供の頃に演じた歌劇の曲だ。
あれが……私の『ヒロイン』として演じた最後の役だったな。
明るい明日を信じて、孤独な心を誤魔化す歌。
早乙女イブに、そんな明るい未来は来なかったけれど……。
◇
「さて、コルネリア=フラウとしてはどうなのかしらね?」
少なくとも、現状はハッピーエンドとは程遠い様子だ。
嫁ぎ先ではメイドにすらバカにされ。実家も頼れない。
そもそも、肝心の旦那はどこにいった?
「結婚してから食事も一緒にとらず、ずっと部屋に閉じこもって仕事をしている……年齢はコルネリアより少し年上の二十四歳。あらいやだ。私の享年と一緒ね?」
身体の記憶によると、コルネリア自身は十八歳らしい。まぁ、私の気持ち的に同い年なら、別に委縮する必要もないだろう。夫婦の時点で年齢差もあったもんじゃないと思うけどね。
「それはそうと、いつになったら顔を洗う水が来るのかしら?」
いくら待っても、部屋に誰も来る気配はない。
そもそも自殺未遂をしてからずっと寝込んでいたらしいのだ。喉も乾いた。
「ま、天才悪役女優も洗面所までは自分で行きますとも」
コルネリアとしての記憶があろうとも、別に日本人の感覚が抜けているわけではない。
マネージャーもいない今、自分の世話は自分でするべきだと、私は部屋を出た。
さて、洗面所はどこだろうか。そもそも顔を洗う水を持ってきてもらうのが当たり前の家に、洗面所があるのか? 厨房の水道を借りるのは癪だし、この際お風呂でシャワーを浴びてしまったほうが……と、考えてながらハッとする。
こんな中世ヨーロッパ風の異世界で、水道やお風呂が普通にあるんだね。
でもコルネリアの記憶でも普通だと小金持ちの家なら普通と言っている。なるほど、電気の代わりの魔法が発展しているのか。このフラウ家の祖先がその一人者で、今の近代的な生活基盤を築いたのだという。コルネリア、実家で疎まれていたわりにものすごい嫁ぎ先である。
「功績の割には……けっこうボロいお屋敷だけどねぇ」
だって調度品はどれも古臭いし、歩くたびに床がキーキー音を立てる。窓は少しの風でガタガタ揺れるし、すきま風も一か所や二か所ではない。
どうやらコルネリア、お風呂をまともに使ったことがないようで場所を覚えていないらしい。だから散策がてら屋敷の中を歩いていると、とある部屋からブツブツと声が聞こえてきた。
誰か人がいるなら、お風呂の場所を聞けばいい。
「すみませーん。少しお尋ねしたいことがー」
自分の家なのに、我ながらこのノックの仕方はどうかと思うけれど。
それでも返事がない方が悪いと扉を勝手に開けば、良く言えば無造作、悪く言えばモジャモジャ頭の眼鏡の男が、もくもくとペンを走らせていた。
コルネリアの記憶でピンとくる。
どうやらあの黒モジャが、私の旦那様こと悪魔伯爵のようである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます