第3話 悪魔伯爵とご対面 


 悪魔伯爵・ヴィリー=フラウ。

 正式には魔法伯という伯爵以上の高貴な爵位を賜っている、若き当主様らしい。


 それなのに、どうして悪魔伯爵という悪い異名が付いているかといえば。


「まぁ、この姿を見れば一目瞭然ね」


 そんな私の独り言にも気が付かないほど熱中している旦那の目は、赤く血走っていた。元から赤い瞳をしているのだろう。それが充血しまくっているのだから、黒モジャと相まって、まさに悪魔のようである。ブツブツした独り言はまるで呪詛のようだ。


 案の定、私が近づいても一向に気が付く気配がない。

 ならば、彼の新妻がいたずらしても罰は当たるまい。


 私は彼の後ろから、彼の目を両手で隠してやる。


「だーれだ☆」

「ぎゃあああああああ」


 自分の新妻に対して「ぎゃああ」とは失礼な。ぎゃあとは。

 大慌てで私の手を撥ね除けたヴィリーが慌てて振り返った。


「え、誰⁉ もしかしてコルネリア=ウリンドン⁉」

「今はあなたと同じフラウ姓ですけど?」

「あ、そうだった……」


 むくれる私に対して、顔を赤らめる姿は何とも愛らしい。


 それによく見れば、この男もなかなか整った顔をしているではないか。

 無精ひげを剃って、もう少し髪を整えたら、モデルもできそうなイケメンである。

 二人揃って、なんて勿体ない夫婦なんだか。

 それこそ似たもの夫婦と言ったらそれまでだが、私の人格が宿った以上、このまま見て見ぬふりなどできるはずがない。


 だけど、人の改造をする前に、まずは自分からである。

 なのでお風呂の場所を聞こうとすると、ヴィリーがモゴモゴと話しかけてきた。


「あの……具合は、どうです、か……?」

「どうってねぇ。危篤状態の妻をほっといて仕事をしていた男が言えるセリフ?」

「はひっ、あの……すみません……これを完成させたら……コルネリアさんも元気になるかと思いまして……」


 コミュ障なのか、人見知りなのか。

 どちらにしろ、話してみれば到底『悪魔』とは思えない発言に、私は彼が差し出してきた羊皮紙を覗き込んでみた。


 描かれていたのは飛行機……いや、ファンタジーで出てきそうな飛空艇かしら。

 その設計図のようである。ただ文字はコルネリアの知識で読めても、専門用語が多いようで、前世の知識を使っても私に読解は難しいみたい。


「……よくわからないわ」

「ですよね。これは魔導飛空艇の設計図で、これが完成したら、魔法人ブレス非魔法人ノンブレスも大勢まとめて、空を移動できるという代物でして……あの、一世一代の大開発といいますか……」


 どうやら、この世界には魔法があるらしく。

 コルネリアは非魔法人ノンブレスとして、せっかくのファンタジー異世界なのに魔法が使えないらしい。貴族のたいていは魔法人ブレスという世界観なので、その体質のせいで実家で肩身が狭かったという。


 まぁ、その可哀想設定は後回しにするとしても……このファンタジー世界では、魔法はあって公共事業はそれなりに整っていても、移動手段は馬車が一般的で飛行機や車や電車のようなものはないらしい。


 そんな世界観で、世界初の飛空艇……ロマンがあるわね。


「ま、すごいモノだということはわかった」

「十分です……その凄いモノができたら、その……お嫁さんも元気になってくれるかなって」


 そして、旦那様の思想もずいぶんメルヘンだね?

 そういう願掛け、私も嫌いじゃないけど。


「この世界にはそんな魔法があったりしたっけ?」

「いえ、あの……だってコルネリアさん、嫁ぎ先がこんな貧乏だから、嫌で自殺しようとした……んですよね?」

「……いえ?」 


 コルネリアの記憶によれば、使用人らからの当たりが強かったことと、旦那が一向に会いに来てくれない寂しさから人生に絶望したようだけど?


 まぁ、私からしたら同じ屋根の下で生活しているのだから、こうして仕事中だろうが会いに来ればいいじゃないと思わないでもないのだけど。そこでずっと待ってしまったのが『弱虫』の所以だったのだろう。


 でも、おかげで状況改善は簡単そうである。

 話してみたら、この旦那様も悪い人ではなさそうだもの。これから対話を重ねていけば、愛情が芽生えるかはわからないけれど、それなりのパートナーとしてはやっていけそうだわ。


 そう思っていた時だった。なんやら廊下からうるさい足音が近づいてくる。

 そして勢いよく扉が開かれたと思いきや、老婆がズンズン入ってきた。


「無断で旦那様の部屋に入るとはなんて不躾なっ⁉」


 その老婆は、容赦なく私の頬を平手打ちしてくる。


 ……え、私、引っ叩かれたの?

 この老婆に? 旦那の部屋に入ったから?


 寝室ならまだしも仕事部屋に?

 てか、寝室こそ妻が入る部屋ではなくて?


 私は無言で、その老婆の顔を叩き返していた。


 パチ――ンッ!


 これでもベテラン悪役女優なので。

 ビンタで派手な音を出す技術は取得済みである。


 その経験を含めて、ようやく我に返った私は言い返す。


「私の顔には百億の価値があるのよ」

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