ある男の独白
女はイモムシのような人だった。柔らかそうな見た目とは裏腹に、堅い皮膚に覆われ、決して隙を見せない、心のうちを明かさない。そんな印象を街で声をかけた瞬間から抱いていた。ナンパのセリフは使い回しすぎて何と言ったのか記憶にないが、彼女が僕と“同類”であることは分かった。そんな彼女だから、肌を重ねようと思った。こんもりとした膨らみが息に合わせて揺れている。彼女の身体が目と鼻の先にあるが、触れることは今更、蛇足な気がした。僕は座っている黒いステンレスのバーチェアーを撫でた。僕らは俗に言う“ワンナイト”だ。だから彼女は僕の名前を知らないし、僕だって彼女の名前を知らない。男と女が交わるだけなら名前を知る必要はない。誰かの名前を呼ばなければ、満足できないと言うのなら、初恋の相手の名前でも唱えておけばいいと窓辺の観葉植物を眺めながら思う。昔から葉っぱの色も性交の仕方も変わってないはずなのに、現代人は物事を深く考えすぎる癖がある。
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