第33話 勝利の代償。
受験が終わって、周りは卒業旅行に行く話なんかが耳に入るが、私は姫宮明日香から関谷優斗を奪った女なので行く相手が居ない。
関谷優斗は家族の為に行けないが、私が行きたいと言えば、それこそ前の週か後の週に寝ずに家族の世話をするから、旅行に行くと言うだろう。
だが言い出さなかった。
多分姫宮明日香なら行きたいと言う。
そして彼女として妹の事を知っていたら、妹の世話を一緒にして楽しいと言い、妹と共に関谷優斗に甘えてから感謝を口にしたはずだ。
イメージだけだが、関谷優斗は嬉しそうに微笑んで「姫宮さん…」いや、名前で呼ぶだろう。
「明日香こそありがとう。おかげで妹も楽しそうだし、俺は男だからどうしてもやりきれなかったんだ。来週の旅行はいい思い出にしようね」
「えへへ。いいって事よ、優斗は思いっきり私を甘えさせてよね!私も最高の旅行になるようにするね!」
そうして見つめ合うのを、仮にも私は彼女の立場で1年以上付き合っているのに、顔も知らない妹は呆れつつも微笑ましい気持ちで見て、「私のせいでごめんねお兄ちゃん。明日香さんも普通のお付き合いが出来なくてごめんなさい」と謝るだろう。
だがその未来は絶対に来ない。
姫宮明日香は黒い噂と共に学校に来れないでいる。
妊娠している。
気づいた時には手遅れだったらしい。
本人は関谷優斗を失ったショックで、暴飲暴食していて太ったと思っていたし、精神的な問題で生理不順になったと思っていた。
そして手遅れになった。
ヤンチャな彼氏は可哀想に高卒で働く事が決まってしまい、受験戦争ではなく就職活動に身を落とした。
ヤンチャな彼氏の「たった一回のアレでかよ!?」と廊下に響いた声を私は忘れない。
やればできる。
その通りだ。
私は関谷優斗に体を許していない。
それも関谷優斗を追い詰めている。
だが好みでない男に身体を許す道理はない。
最初のキス以来、まともなキスもしていない。
早く別れて欲しい。
心の底から嫌って欲しい。
合格発表を見て私は志望校に進路が決まった。
関谷優斗は同じ学校に行く事も考えたようだが、その隙は与えない。
関谷優斗の進学先に興味はない。
私と違う学校に行く。
それだけで十分だった。
卒業式まで残り数日になった最後の週末。
憔悴した声の関谷優斗から大切な話があると言われた。
私は様々な可能性を考えた。
いい加減別れるというモノから、自責が最高潮になり「もっと頑張るから、これからもよろしく」と言い出すモノまで、様々な事を考えた。
だが現実はもっと悲惨なモノだった。
関谷優斗は姫宮明日香から全てを聞いていた。
「王子さん。俺は王子さんを信じたいんだ」
呼び出されたカフェで、2人分のアイスカフェオレをテーブルに置いた関谷優斗は、着席一番にそう言った。
何を言い出したかわからない。
「どうしたの?信じたいなら信じればいいんじゃない?用事ってそれ?」
最早恋人同士の会話ではない。
良くて別れ話に聞こえる会話。
怒る事なく泣きそうな顔で、「俺、聞いたんだ。王子さんは俺の事を好きでも何でもないって…」と切り出した関谷優斗を見て、嫌な汗が背中に出てきた。
嫌われたいし別れたい。
だが自分が不利な立場で終わりたくない。
自分の口から姫宮明日香の事を口にして、会話の主導権を握ったまま終わりにできるのはいいが、関谷優斗から追求を受けて別れるのは何となく嫌だった。
「え?何それ?誰が言ったの?堀切君?」と言った私の質問に関谷優斗は答えずに、「姫宮さんが俺に好意を持っていた」と口にする。
何も言えないと、そのまま「王子さんに相談した時に違うと言って、俺と姫宮さんが付き合わないようにした」、「遊園地に行った時、堀切君は王子さんと2人で、俺と姫宮さんを応援する話になっていた」と続ける関谷優斗。
関谷優斗が真実を話す、その度に嫌な汗が出てくる。
「王子さんは、ただ姫宮さんを悲しませたくて俺と付き合った」
今にも泣きそうな顔。これなら顔を怒りに染めて、怒鳴りつけてくれた方が救われる。
今私は帰路に立たされている。
何かをすれば何かが変わる。
素直に謝る道もある。
その道も考えた。
だが私は、苛立ちと共に「それが何?」と言った。
そのまま間髪入れずに、「騙されたくせに。明日香の好意にも気づかないでさ。そうだよ。私は横にいて、可愛いと言われ続ける明日香に勝ちたかった。だから明日香の初恋を台無しにしてやりたかった。それだけ。なのにアンタがキス一つで私に本気になって、こんな事になったの。名前で呼び合いたい?嫌よ。お断り。さっさと別れたいって言わせたいのに、長々と頑張って無駄な努力をしてさ。私から言ったら明日香に殺されるから言えなかっただけ。でもこれで清々したね。私からじゃなくて、アンタからだもんね。これで4月から心機一転できるわ!」と言い切ると、飲み物代を置いて店を後にした。
周りの声が聞こえたが知らない。
怖かろうが酷かろうが知らない。
その日は久しぶりにスッキリしていて、大学生活を夢見て眠った。
意外だったのは、関谷優斗からはメッセージの一件も入ってこなかった事だ。
あのお人好しなら、「今までありがとう」くらいありそうなモノなのにと思ったが、読みたくもなかったので清々した気持ちでいた。
翌日になって気になったのは、どのタイミングで姫宮明日香が事実を関谷優斗に告げ口をしたのかだ。
だが卒業式はもう目の前で、卒業をして仕舞えば関係ない。
そう思って清々しながら入学式の支度をして、家族と外食に行って楽しい気持ちになりながら帰宅をする。
明日学校で関谷優斗に会いたくないから、卒業式の練習をサボろうと思っていると、スマホに着信が入る。
関谷優斗が今更?とも思ったし、姫宮明日香が殺しに来るのかと考えて焦った。
だが相手は関谷優斗でも姫宮明日香でもなく、堀切拓海だった。
身構えた自分に呆れながら「もしもし?」と電話に出ると、震える声の堀切拓海は「お…王子…」と言った後で、「優斗が…死んだ」と言った。
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