第32話 勝利のその後。
目を瞑って唇を向ける動作をしたのに何もしてこない関谷優斗を不思議に思い、目を開けると関谷優斗は目を丸くしていた。
別に好みでもなんでもない顔。
だがだんだんと見慣れてきた顔。
清潔感はある。
だからキスくらいできる。
別に前の彼氏と付き合った時に全部済ませている。
済ませてわかったが、キスの先には記念だの記録だのなんて、お花畑のメルヘンはない。
「別にいいよ。そうじゃなきゃ2人きりにならないって」
私の言葉に関谷優斗は震えながらキスをしてきた。
「ありがとう。初めてだったんだ」
その言葉を聞いた瞬間に勝利を確信した。
だが相手は不思議で愚かで真面目な関谷優斗だった。
これで終わらなかった。
関谷優斗は全てを清算するかのように、堀切拓海と姫宮明日香に報告してしまった。
関谷優斗には遊びの対抗心でキスをするという考えはなかった。
お付き合いが始まったと思ってしまっていた。
今更一時の感情でやっぱり無しでと言い出しにくい空気の中、放課後に姫宮明日香から呼び出された。
姫宮明日香は目を腫らして泣きながら、「なんで!」と言ってきた。
溜飲が下がるのと同時に、取り返しのつかない事をしたと気付いた。
だが後には引けない。
謝る気もない。
「美咲は優斗のことを、好きだなんて言わなかった!」
「相談した時にも応援するって言ってた!」
「妹さんの事って何?なんで美咲が知ってるの!何で教えてくれなかったの!?」
泣きながら本気で怒りの感情を向けてくる姫宮明日香。
気分良く「別に」と言った時、身の毛もよだつ声で「許さない」と言われた。
そして会話の中で私が本気ではない事を見抜いてきた姫宮明日香から、「優斗を騙して。何がしたかったの?」、「ううん。何でもいい。アンタが私の思いを踏み躙って、優斗に手をだしたことを話したり、傷つけたり、アンタから別れるのは許さない。そうなったら殺してやる」と言われた。
その後は誰も幸せにならなかった。
関谷優斗はキチンと妹として姫宮明日香を扱い、今まで通りの友として誠実に向き合う。
姫宮明日香は傷ついた顔と嬉しそうな顔をさせながら、それに付き合うがいたたまれなくなって、関谷優斗とは真逆の男からの告白を受けて付き合い、「彼氏がヤキモチ妬くから」と言って離れていった。
だが真面目な関谷優斗は「俺はキチンとやましい気持ちなんて無いって言うし、メッセージなら平気なんだから、辛い事とかあったら言ってきてね」と釘を刺していた。
姫宮明日香は「優斗は真面目だなぁ。美咲と仲良くしなきゃダメだよ」と返すと、関谷優斗は「大丈夫。やり切れるよ」と言った。
その後、校内で見かける姫宮明日香の顔にあの輝きはなかった。
関谷優斗は友として心配するが何もできる訳がない。
心配する度に姫宮明日香は壊れていくだろう。
私は周りからあの姫宮明日香をギャフンと言わせた女としての評価はあったが、さして興味のない男を奪うやばい女としてのレッテルが貼られた。
3年になった時、運が味方したのか、クラス分けで姫宮明日香とは別のクラスになった。
まだ学校は残り一年もある。ここで関谷優斗を手放して孤立するのは非常にまずい。
私は最低限の関係を続けて、3年の夏頃に関谷優斗に捨てられる必要がある。
進級までは物足りない彼女を演じた。
何を言われても「私はこういうもの。私はこんな女」と言ったが、前に堀切拓海や姫宮明日香を交えた時に話していた。前彼との話をキチンと覚えていた関谷優斗は、聞いていた話と現実のギャップに悩まされていた。
悩まされた姿を見ても、付き合い続ける事は無理だった。
まず考え方が違う。
生まれた国も世界も違うと言っても過言ではない。
家族に尽くす関谷優斗を見ていて気持ち悪かった。
妹の為に家の事をする。
話を聞いていて知ったが、妹は重度の喘息患者だった。
埃がダメで、関谷優斗は学校から帰宅すると家中の掃除をして、妹の布団を乾燥機にかけたりして食事も刺激物の少ないもので用意をする。
それでも季節の変わり目は調子を崩してしまうらしい。
姫宮明日香なら頬を染めて応援するところだが、私は全てが嫌すぎた。
己を犠牲にして周りに尽くすなんて愚者の考えだった。
別れたかった。
あの手この手で別れたかったが、自責思考の塊の関谷優斗は自分の問題点を考えて、それを努力で何とかしようとする。
「遊びだった」
「本当にアンタの事を好きなのは明日香なんだ。明日香に勝ちたくてアンタを籠絡しただけで好きでも何でもない」
その真実が言えれば良かったが、姫宮明日香の殺害予告に怯えて言い出せなかった。
付き合ってすぐ、付き合った事を言い訳にメッセージアプリのID変更をしたが、教えなかった姫宮明日香から、「逃がさない」、「今も見てる」と入ってきて、本気さを痛感した。
当然関谷優斗を疑ったが、逆に「え?姫宮さんにIDを変えた事を言わなかったの?」と聞かれてしまった。
理由を言えずに嫌われるように仕向けたが、自責主義の関谷優斗は全て自分のせいにした。
妹の事で遠慮させていると思い込んで、寝食を犠牲にしてやり切る。
青い顔でフラフラの関谷優斗を見ていると心苦しかったし、記念日にはキチンとプレゼントをくれる。
その度に心が痛んだ。
でも好きにはなれない。
そもそも好みではない。
受験を言い訳にしたが、それでも彼氏と彼女は崩れない。
とても辛そうに私を「王子さん」と呼ぶ関谷優斗。
「関谷君」「王子さん」の関係をやめて、「優斗」「美咲」にならないかと言われたが断った。
それなら別れようと言ったが、関谷優斗は「ワガママを言ってごめん」と言って諦めた。
それからは私を「王子さん」と呼ぶ度に、辛そうな顔をするようになった。
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