黒い感情に身を委ねたら。

第29話 変な男に恋をする姫宮明日香。

何かをしたら何かが変わる。

痛みの伴わない変化や変革はないのかも知れない。


とんでもない事をした。

軽い対抗心と、どちらが上かをわからせたくて、余計な真似をした。

その結果、取り返しのつかない事になった。


今まさにその時で、私は後悔と共にさらなる変化を受け入れるか、悩んでいる。


高校に入ってすぐに、席の近い子と友達になった。

大体こんなものはゴールデンウィークまでの付き合いで、連休明けには大体の友達が決まっていて、挨拶程度の仲になると自覚していた。

だが周りには、この子よりマシな子はそんなにいなくて仲は続いた。


その子の名前は姫宮明日香。

可愛らしい子ではあった。

あまり付き合いのない、クラスメイトの男子が姫宮明日香を褒める声なんかが聞こえてきて、姫宮明日香はモテるんだなと思った。



2年になってクラス替えをしても同じクラスになった。

姫宮明日香から「おお、一緒だね美咲」と言われた。


王子美咲が私の名前。


「これからもよろしく」と言った姫宮明日香は、「今年こそ彼氏ほしい〜」と続ける。


話の限りだと、姫宮明日香に彼氏ができた事がない。

可愛らしい見た目と言われても、彼氏のいない姫宮明日香。

私には先月まで彼氏がいた。

同じ中学出身で、別の高校に行った彼氏。

中学の卒業式で告白をされてOKをした。

徐々に話が合わなくなってきて、会う時間が減った結果の自然消滅に近いお別れだった。


会えなくなると少しだけ不満だったが、付き合ってくれと向こうから言われて付き合っただけだから執着はない。


だが、不満なのは元カレは同じ高校で彼女を作った。

新しい彼女を作ったから別れた。もう用無しと言われたみたいだった。


そんな事を思いながら姫宮明日香には、「明日香はモテるでしょ?」と返す。


自分がフリーになったからか、「そんな事ないよ。言われた事ないし」と返す姫宮明日香の可愛らしい横顔を見て、少しモヤモヤした。



姫宮明日香が恋をした。

相手はクラス替えで一緒のクラスになり、担任の意向で始業式に行った席替えにより、偶然席が近くなった関谷優斗という男子だ。

パッとしない見た目。まず立ち振る舞いに自信を感じない。ナヨナヨしい男が第一印象だった。


そして1ヶ月過ごしてみて関谷優斗に思ったのは、コミュニケーション力と協調性に全振りしたような男で成績はどれも中くらい。


この男の何が良くて、どうして恋をするのかわからないが、姫宮明日香から届く話題は関谷優斗一色になった。


姫宮明日香は、懐くように、甘えるように、揶揄うように、関谷優斗に絡んでいく。

関谷優斗は嫌な顔一つしないで「えぇ?」と言いながら相手をする。


だが傍目に見て恋人候補ではなく、妹に対するソレにしか見えない。

でも姫宮明日香は日々ニコニコで甘える。


あの姫宮明日香が気にいる男子となれば、他の男子からヘイトも集まりそうなものだが、関谷優斗はニコニコと持ち前のコミュニケーション力でヘイトを無効化する。


6月手前、季節の変わり目に珍しく関谷優斗が学校を休んだ。

姫宮明日香の落胆ぶりは物凄くて、見ていて楽しいものではない。

そんな姫宮明日香は一日中スマホで、「何してるの?」、「調子は?」、「明日は来れる?」と聞いていたらしい。


そのくせ、次の日に来た関谷優斗には、「優斗がいないから一日清々したよ」と満面の笑みで憎まれ口を叩く。

関谷優斗は苛立つ事なく、「えぇ?姫宮さんは酷いなぁ。俺も学校来たいよ」と返すと、「いいんじゃない?誰かが休むのは嫌だしね」と言って笑い、私に「ね、美咲」と聞いてくる。

私が「そうだね」と話を合わせると、関谷優斗は「王子さんもありがとう」と言って微笑んだ。



変な男だ。

私の関谷優斗の認識は変な男だった。



変な男、関谷優斗は訳がわからない。

帰宅部なのだが、平日の放課後は遊んだり、誰かと話をするなんかの残る事はなく帰る。

委員会活動等で居残りなんかの時には、キチンとサボらずに残るのだが、それ以外はすぐに帰る。


姫宮明日香はその事につまらなそうに、「優斗、帰っちゃうの?」と聞くと、関谷優斗は「うん。ごめんね。また明日ね」と言って帰っていく。


何かの理由があるかはわからないが、姫宮明日香が「駅まで行こうよ」と言うと、関谷優斗は「うん。ありがとう」と言って帰る。

帰り道でも、関谷優斗は姫宮明日香の無茶振りに、「えぇ?」と言って穏やかな笑顔を向ける。


それが何より嬉しい姫宮明日香は、ニコニコ笑顔で「優斗、また明日ね」と見送る。


「姫宮さん。ありがとうまた明日」と言った関谷優斗は、私にも「王子さん。また明日」と言って改札をくぐって足早にホームを目指す。


姫宮明日香は「振り向きもしない」と文句を言っていた。

その仕草まで可愛らしくて、私は少し苛立っていた。

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