第18話 (最終話)新しい人生。

田村綾子はせっかちだ。

町おこし写真隊に何があったかを調べた後は、余奈加にある俺の実家に行って挨拶をした。

両親は快く迎えて歓迎をした。


その翌週には、県外にある田村綾子の実家に連れて行かれて挨拶をした。

田村綾子は市尼地市の本を見せて、「これの完成は太田さんが居なければ無理だったの」と言って俺を売り込む。

父親が「無理やり付き合わされてない?うちの娘って周りが見えなくなるからさ」と言ってくれたが、「俺たちは同じ方を向いているから平気です。俺をここまで引っ張り上げてくれたのは田村さんです」と言ったら歓迎してもらえた。


田村綾子は帰り道に伸びをしながら、「やった!これで後は結婚だー!」と言って笑った。


「早くない?付き合って1ヶ月だよ?」

「何言っているんですか?一緒に働いて何年ですか?もう離れられません」


それは確かにそうで、今や田村綾子抜きの日々は想像つかない。

俺が「確かに。離れられないね」と言うと飛びつかれた。



一年後、あれよあれよとせっかちな俺と田村綾子は結婚式の日を迎えた。


社長と村木さんからは、「本当に火とガソリンでせっかちだな。スピード離婚とかやめてくれよ?」、「そんな事にはならないよね。2人ともぴったりの相手が見つかってよかったね」と言ってもらえた。


結婚式に興味がなかったものの、社長の手回しがあったからかなんなのか、結構盛大にやる羽目になる。

それは市尼地市にはブライダル施設もあるので、そこでやる事になり…参列者には各商店街の偉い人達や、地域振興課の人達に印刷所の社長さんまで来る。

俺の方は、町おこし写真隊のトラブルのせいで呼べる友人が居なくて困っていたので、ある意味助かった。


俺の両親は俺に興味なんてなかったのに、参列者の面々と祝辞として市長から電報まで貰ったとあって今更認識を変えていた。

田村綾子…。もう妻の綾子だが、綾子は自身の友達と両親に「ふふん、幹雄さんは凄いんだよ」と自慢をする。

電報はバカみたいに来た。

それこそ各商店街から貰ったのに、ラーメン屋のあの店主や、鳥人間からも個別で祝辞が届いて感極まって綾子は泣いていた。


社長のスピーチの時、「どうも、夢工房の社長をしています木場です。初めに、新郎の太田幹雄くんは大馬鹿仕事人間です」と言い、反発もなく皆が頷く中、「新婦の綾子さんはもっと大馬鹿の仕事人間です」と続けて、皆から祝福の笑いが起きる。


「火と油なんて生ぬるい、火とガソリンと言えてしまうこの2人は、こうなることが決まっていたくらいピッタリで、私と村木の心配をよそに倒れる寸前まで働いて、2人で倒れて、そしてどんなに苦しくても笑顔で仕事に向き合い、時に衝突もしましたが、それは全て良い物を作りたいという思いからで、決して後ろ向きなものではありません。私は2人を見て安心して祝福ができます。おめでとう」


社長の言葉に照れながら泣く綾子。


「この時代にこの発言は、セクハラにならないか心配ですが、せっかちな2人には今のうちに言いたいのです」と社長が言うと空気感が変わる。


「えー、さっさと子供を授かって産んでください。子供が大きくなったら夢工房のメインは2人になります。早く私と村木が引退できるように、よろしくお願いします」


子供を早くと言われて真っ赤になる俺と綾子。

だが参列者はおじさんばかりで、「そーだ!」、「早くしろ!」なんて聞こえてくる。


社長は「あれ?頷かないの?はいって言わないの?」と言ったボケのあとで、「まあせっかちだから案外すぐだろうし、それはさておきお祝いの話をしましょう」と言った。


「お祝い?」

「沢山貰いましたしこの式場だって格安で…」


俺達の言葉を遮るように社長は、「地域振興課と話してきたんだけどさ、市尼地市で婚活パーティーをやる事になったから、それの印刷物と冊子とホームページの制作をよろしくね。後はこの式場の冊子もお仕事貰えたから、来週から頑張ってね」と言った。


夢工房も市尼地市も俺達を休ませる気は無いようだ。

そしてこれは良くない流れだ。


「本当ですか!?最高のお祝いです!ありがとうございます!やります!やりたいです!新しいデザイン頑張ります!太田さん!やりました!帰ったら考えましょう!」


綾子はお嫁さんスイッチよりも、仕事スイッチが入って燃え上がる。

頑張って練習した幹雄さん呼びはどこかに行っている。


俺は周りの目が気になって、「今は式中…」と言ったが、綾子から「2人で良いものを作りましょうね!」と言われて固まってしまう。


良いものを作る。

そう、その言葉を前にしては俺も止まれない。


「勿論です。早めにわかっていたらもう少し式場の中とか、サービスをリサーチ出来たのに失敗したね。もう一度お邪魔して見学させて貰おう」


式どころではなくなる。

呆れるお互いの両親に向かって、社長が「こんな感じですので、2人の仲は安心ですが、万が一道を誤りそうな時は、是非ともご指導よろしくお願いします」と言って締める。


一応の拍手の中で間蛭の組合長から、「ウチの改訂版も頼むぞ」と言われ、俺と綾子は「勿論です!」、「手抜きなんてしません!取材にいくって回覧しておいてくださいね!」と返してさらに呆れられる。


何かをしたら何かが変わる。

そんな言葉がある。


全てを捨てたら新しい人生に出会えた。

俺からは以上だ。

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