第17話 2人の始まり。

スケジュールが合わずに下版後すぐは休めなかった。

印刷見本が届いた頃に、社長の好意で土日に合わせて月曜と火曜も休みになった俺は、田村綾子に「奮発するからお祝いしない?」と誘った。

どこでも怖くないくらいのお金なら稼いでいた。忙しくて使わなかったので、結構貯まっていてホクホクになっている。


なのに田村綾子が指定してきたのは、俺たちが初めて会った居酒屋、「ここ掘れワンワン」だった。店の名前の由来はオバちゃんが童話が好きだったからだった。


ワンワンは悪くない。

良店だ。

でも安すぎる。

1人2万でも出せるのにと思いながらワンワンに入り、レモンサワーとグレープフルーツサワー、後は漬物の盛り合わせを頼むと、乾杯をして鞄から印刷見本を取り出して、2人して出来栄えにニヤニヤしてしまう。


漬物を食べながら一杯目を飲み終えて、お替りと共にコロッケとカレー春巻を頼んだところで、もう一度印刷見本を見てから俺は、「ありがとう田村さん」と言った。


「お礼はいりません。私こそ夢が叶いました」

「だとしても。ものづくりの世界に戻してくれた事、俺のワガママに付き合ってくれた事、全部ここで田村さんに会えたからだから、お礼が言いたいんだ」


「それを言えば私こそです。私だって太田さんといて素敵な夢を見続けました」


俺はここで「もっと夢をみない?」と聞いた。


田村綾子は「え?」と聞き返してきた時、「今までは公私の公の部分を助けて貰っていたけど、今度は私の部分を助けてくれないかな?勿論俺も田村さんを助けたい」と言うと、田村綾子は固まって数秒後に「うそ」と言って、驚いた顔で俺を見ると「私なんて、仕事の為だけの女だと思ってました」と言って、真っ赤な顔で俺を見つめてきた。


「そんなわけないよ。ただ俺はこういう経験もないし、幸せにできるかわからなくて、そもそもは仕事が落ち着いて平和になったらって思っていたのに、この本の仕事まで来たから終わるまで待ってただけなんだ」

俺が慌てて言うと、田村綾子は「嬉しい。どうしよう。どうにかなっちゃいそう」と喜んでくれた。


そして「こちらこそよろしくお願いします」と言ってくれた。


安心すると腹が減る訳で、コロッケとカレー春巻の進捗を聞くと、「作り直し。あんな大切な話中に割り込めないわ」と言われてしまい謝った。


その日は俺の家に帰って、2人で眠る時は今までと違いキスをした。

経験がない事を恥じたら、田村綾子も未経験で「2人で一からやっていくなんて仕事みたいで素敵です」と喜んでくれた。


年甲斐もなく一晩中キスをして抱きしめ合って眠りについた。

翌日は田村綾子の家に泊まる。

なんとなく交互に泊まりたくなった。


急な話だったが、俺たちは初めて同士で困り合い、照れながらして終わってから笑い合った。


月曜日。

仕事が休みで、のんびりと朝のワイドショーを見ながら朝ごはんを食べていると、田村綾子は今まで以上に甘えていて、今は俺の膝枕で俺の顔を見上げながら、「太田さん、太田さんは町おこし写真隊を見てたんですね?」と話しかけてきた。


「え?」

「ほら、鳥人間で町おこし写真隊のホームページが汚されたって」


「ああ、見てないよ。最後に見たのは田村さんに会う前。管理人の名前が俺から別の人間になったか見ただけだよ」


俺はここで「あれ?田村さんは見たの?」と聞くと、田村綾子は申し訳なさそうに見たと教えてくれた。そして申し訳なさそうな理由を教えてくれた。


理由を聞いて、田村綾子のノートパソコンで見させて貰った俺は、身構えていても「うわ…」と言ってしまった。


ホームページはズタズタのボロボロでメタメタになっていた。

多分だがホームページを編集出来ると言って、巻き込まれた旧友は口だけだったのか、はたまた現実を知って逃げ出してしまったのかも知れなかった。


「なんか離婚時に親権取られた娘が、大切にされていないみたいで腹立たしい」

俺のボヤキに田村綾子が、「ごめんなさい」と言いながら抱きついてきて、「今日は休みだから、ずっとくっついていてください」と言い、ベッドでゴロゴロしてしまった。


水曜日、出社をしてきちんと社長と村木さんに報告をしようと思っていたのに、田村綾子は出社と同時に、「おはようございます!私達付き合いました!」と言ってしまった。


まあお小言らしいお小言はなく、おめでとうが9割で、1割は「七夕の話は知ってるな?織姫と彦星にならなければ祝う」と言われた。


ああ、織姫と彦星は仕事をしないでイチャイチャしたせいで離れ離れになったのかと思い出した。


付き合って何かが変わるかと心配したが、何一つ変わらなかった。

何故かは簡単な話で、俺と田村綾子は火とガソリンの関係で、何もかもがガッチリと噛み合い、同じ方を向いている。


仕事中にしたいと思ってしまわない程に、プライベートではキスをしたしその先もした。

田村綾子も「家を出ると、仕事スイッチが入るからそんな気起きませんね。その分家に入ると、物凄くなりますけど太田さんはそこら辺で不満を抱かせませんよね」と言っていた。


「それは俺もしたいからで、家に戻ると途端に仲間から彼女になってしまって」

「やはり私達は相性バッチリですね!」


そんな話で俺たちは続いている。


田村綾子はせっかちだ。

俺も多分せっかちだ。


田村綾子は憂いを全て消すと言って、間蛭に顔を出して町おこし写真隊に何があったかを調べてきた。

ありがたいような、関わってほしくないような気持ちだったが、聞けた真実はありがたかった。


結局、俺からホームページを奪い取った旧友は、損得勘定で得が出来ると踏んだのに損しかしなかった。

そして管理人にすえられた別の旧友は、責任者にされて鳥人間達のクレームを受けて逃亡した。


残ったホームページはズタズタのボロボロのメタメタのまま放置されていた。

噂では余奈加の地元で「俺は太田幹雄の友達で、一緒にホームページをやっていたからあの冊子に口出しできるんだよ。中に入れるように言ってあげようか?」と言っては、失笑混じりに「全部知ってるから、諦めてキチンとお金払って帰りなよ」と言われているらしい。


まあホームページで言えば、町おこし写真隊も田村綾子のhometownも、夢工房謹製のホームページの前には太刀打ちできない。

今から参入しても趣味以上にはならない。

やるなら一つの店舗のホームページを作って特化するしかない。


近々旧友は何も言わなくなるだろう。

勉強だけは出来ていたから損得勘定で損だと気付く。

一瞬俺に付きまとって、得られた得の成功体験に囚われる可能性は考えたが、無視をした。

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