第14話 因縁。

社長はよくやってくれたと思う。

社長だけではない。

村木さんも、田村綾子も、地域振興課の課長さんも手を尽くしてくれた。


だが、今や夢工房の作るタウン誌は市の至る所にあるし、地域振興課の花形事業の一つになった。結果も出ているし、他の市も羨ましがって参入している。


来年は印刷物がメインの姿勢を崩さない、簡易のWEB版も市のホームページに載せる話が出てきた。WEB版はそれこそ独壇場に近いと田村綾子と2人で笑い合った。


2年目の年末を終えて、新年早々に「間蛭版を作るように言われてしまった」と社長から言われた。


そう、市内の間蛭、浅一、夜飯の駅がある街の商店街は、殆どタウン誌を作った。こうまでなると作っていない間蛭の商店街の組合長から社長は呼び出しを受けて、市の地域振興課に赴いた。


事情を聞いて、組合長は「話は前にも聞いて知っている。私からも遺恨を忘れるように言ってある。今は殆どの店舗が私の意見に賛同してくれている。だからウチの商店街でも作ってくれ」と言った。


殆ど。

全員ではない。


2年が過ぎても間蛭は俺を歓迎していない。

だが夢工房の一員として、遂に向き合う時が来たんだと思った。


社長が小さく済まないと言った後で、田村綾子は「太田さんは溜まった名刺とか封筒の案件を片付けてください」と言った。


「田村さん?」

「私が偵察がてら取材してきますよ。それで行けそうな時は、次から太田さんも行く。危なそうな時は、先にまだグチグチいうお店を聞いて、先に私が取材しちゃいますよ」


田村綾子は俺の制止も聞かずに行こうとする。

そこに村木さんが「アヤちゃん、何処と何処を取材して、何時に戻るかを教えて行ってね」と言った。


「村木さん?」

「太田くんがアヤちゃんを心配してミスしないようにね」


田村綾子は俺をみて「そうですね」と言って、間蛭商店街で掲載予定の店舗をピックアップして出かけて行った。


「任せてくださいね!」と言った彼女の顔と、間蛭商店街の雰囲気が頭から離れない。

田村綾子が出かけて15分した所で、村木さんが「仕事手につかないかな?」と声をかけてくれた。


「え?」

「間蛭は怖い?」


「え?」

「前にさ、初めて2人で泊まって遅刻した日、コッソリとアヤちゃんに話を聞いたんだよね。ウチには娘がいるから、アヤちゃんが娘のように思えちゃって、男の人を家に上げるなんてって注意をしたらさ、アヤちゃんはキチンと考えていたよ」


村木さんが突然話し始める。

「あの頃、忙しかったよね?今もだけどさ。太田くんを駅まで送るアヤちゃんは、駅で改札をくぐるのに意気込む太田くんを見て、間蛭に帰らせてはダメだって思ったんだって」


疲れ過ぎていて無意識だったが、夜の商店街はそれなりに沢山の飲み屋があって、外から様子がうかがえるし、中から外が見える。絡まれるというのは言い方が悪いが、いつ恨みを持つ人達が向かってくるかを考えてしまい、何もない裏通りを通るようにしていた気持ちから、意気込んでいたのかも知れない。


「そんな間蛭にアヤちゃんだけを向かわせるのは心配だよね。今からなら取材予定の焼き鳥屋さん、鳥人間さんに居るから行ってあげなよ。こっちは社長にやって貰うからさ」


村木さんが笑うと社長が「俺かよ!?」と言う。


俺は2人に感謝を告げて夢工房を飛び出した。

そう。間蛭には恨みを持つ人達が居て、俺は怖いと思っていた。そこにあの田村綾子が1人でいく姿を想像する事すら嫌だった。


鳥人間は出来て2年半のお店で、ホームページを乗っ取った旧友が、酔って迷惑をかけたお店なので正直1番行きたくない。

だけど田村綾子がいるならと俺は駆け出した。


駅を飛び出すと脇目も振らずに走る。

鳥人間は商店街の端で、場所くらい知っている。

2年半で店構えは少しこなれた感じで変わっていたが、前に来た時と同じだった。



外にまで聞こえる怒号。

必死に謝る田村綾子の声が聞こえてきた。


俺は「入ります!」と言って店に飛び込むと、泣いて謝る田村綾子が俺をみて「太田さん?」と言い、鳥人間の店長は「お前」と言って俺を見た。


「話を聞かせてください!」と言って詰め寄ると、一度は身じろぎした鳥人間は「よくも間蛭に来られたな」と言って睨みつけてきた。


話は簡単だった。

結局の所は恨み節に近かった。

町おこし写真隊の話は組合長に聞かされていたし、1番最初の被害者だから旧友達がやった事も知っている。

居た堪れずに浅一に逃げた俺が、浅一で成功した事、俺を迎えてタウン誌が出来て、間蛭以外が盛り上がり、間蛭の客が少し足を伸ばして他の商店街に行くし、客の話題も「なんで間蛭はタウン誌作らないの?やる気あるの?」と聞かれる事が多くなってきていた事。


そこら辺の恨み節が多かった。

田村綾子はそこに俺を連れてこなかった事も含めて怒鳴られていた。

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