第13話 ヒアリング。

最初が良くなかった。

あのヘトヘトの前後不覚に近い日々で、眠る事だけを考えて最良を目指した結果の同衾。


そのせいで、田村綾子と2人で眠るのはおかしい事ではないと、9ヶ月くらい思ってしまっていた。


そしてこれも良くない。

散々同衾を覚えた俺は、照れていても簡単に眠れてしまって、朝も抱きしめあっていた。


朝食を食べながら「改めて同衾は良くないのではないかと気づいた」と言ったら、「嫌です」と即答された。


「え?嫌?」

「い・や・で・す」


言葉を一つずつ力強く発して嫌だと言う田村綾子。


「もう1人で眠れません。間違いなく印刷ミスします。私がミスしたら夢工房は破産だから、生活のためにも同衾は必要です!」


「え…。そこまで?」

「そ・こ・ま・で・で・す」


「俺、急に気づいたら照れちゃうように」

「慣れてください」


その後は「慣れるまで通います。逆にウチにも来てください」と言われて、週5回は同衾した。

次第にお互いの家に荷物も増えていく。



こんな生活をしていたせいで、社長と村木さんからは別々に話を聞かれた。

俺が村木さんで田村さんは社長だった。


村木さんからは「太田くんはアヤちゃん嫌い?」とストレートに聞かれて困った。


「いや、女性と意識したというか、再認識したのは先日で、照れてしまってこれで良いのかと聞いたら、いいんだと言われました」

「そうだよねぇ。太田くんの顔は本当に酷かった。ようやく本当の顔になったんだよね」


酷いと言われても実感がなかった俺は「は?」と聞き返した。


「ごめんね。少なからずアヤちゃんからも聞いたし、社長と地域振興課に顔を出した時に、課長さん達からも君をよろしくと言われて、間蛭でどんな事があったかを聞いたんだ。

君の顔はここにきた当初は、死んでしまいそうな顔をしていたよ。

覚えてるかな?最初の頃に経験不足からミスをした時に、我先にアヤちゃんが謝ってくれていたよね。ああでもしないと死んでしまうって思われていたんだよ」


驚いた。

そんな事を思われていたのかと思った。

そしてこの約一年半を思い出して、色々と気を使い、手を尽くしてくれた田村綾子の事を思うと顔が真っ赤になってしまった。


「あらあら。真っ赤だよ」

「すみません」


「どうしちゃったかな?」

「田村さんに救われてた事に気付いて、この一年半を思い出したら心がザワザワとしてしまいました。どうにかお礼を言ったり、もっとウチに来てもらった方がいいかと思ったら恥ずかしくて」


「それは良かった。でもお礼は怒られるからね。アヤちゃんは太田くんのお陰で夢だったタウン誌も作れたし、お互いに妥協せずに、皆からも絶賛されるモノが作れたからアヤちゃんこそ太田くんにお礼を言いたいはずさ」

「それは楽しくてやったから…」


「ならこれからもよろしくね。夢工房は君たちのおかげで、不況の中でも右肩上がりだよ」

「俺のほうこそよろしくお願いします」


この後で俺だけ社長から呼び出されて、「もう結婚しちゃえば?」と言われて、真っ赤になった。突然の結婚に「えぇ!?」と驚くと、社長は「嫌なの?ヤリ逃げ?」と聞いてくる。


「やってません!」

「マジで?一度も?何も?」

俺は真っ赤になって必死に「寝てるだけです」と返す。


「ぐっすりと?」

「はい。ぐっすりとです」


これを聞いて、呆れ顔で「いい夢見てくれ」と言った社長は、「一応言うと、別れたからやめますとかは、やめてほしいかな」と続けた。


「それ、俺より田村さんに言ってください」と言うと、社長はニヤニヤと笑って「わかったよ」と言ってから、「俺さ、君の事を悩んでた訳よ」と続ける。


「悩むってのは、若い子をこんな零細企業に抱えちゃっていいのかって事ね。でもさ、君も田村さんも結果を出してくれた。だから俺も村木もできるだけ続けて、地盤を君達に引き継ぐから夢工房を続けて欲しいんだよね」


突然の話に「は?」と聞き返すと、「え?太田くんって、俺と村木の年齢とか興味ないの?もう50だよ?ウチは子供達が大学をもう卒業するし、村木の所は下の娘さんが高校生だから、もう少ししたら引退だって可能になるんだよ」と言って笑ってから、「ウチの子供達は零細企業はゴメンだってさ。村木の所はそもそも将来の夢は美容師と保育士さんで、デザインとかじゃないってさ」と言う。


それは俺と田村綾子で夢工房を継ぐと言うことかと思うと、また赤くなったがそんな甘い話ではない。


「まだまだ未熟だからご指導ください」

「真面目だねぇ。まあ見積もりとかお金の話とか、鍛えてあげるから頑張ってね」

社長に言われた俺は「はい」と気持ちのいい返事をした。

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