第12話 同衾。

寝坊をしたが社長からは怒られずに、逆に「午後も休め」と言われた。

だが納期を逆算すると休むわけにはいかずに、2人で出勤すると「あれ?何?お泊まり?」と村木さんに言われたが、面白い返しも出来ずに、俺は「田村さんが歩けないって言うから肩を貸して」と言うと、田村綾子は「太田さんは私より30分以上遠いからうちに泊めました」と色気も素っ気もない会話で、「夕飯も食べずに倒れ込んだらぐっすり寝ました」、「疲れがどっと出ました」と言って締めると笑われた。


社長からは「ボーナス出してやるから、太田くんは間蛭まひる駅じゃなくて、浅一に引っ越せば?」と言ってくれて、疲れた俺は「いいんですか?助かります」と返事をした。


やはり通勤の物理的距離は残業続きには堪える。

浅一の駅で電車を逃すと5分。乗って3分で計8分。駅から徒歩15分を入れるとこれで23分。繰り上げたら30分は貴重で、その点駅から田村綾子のアパートまでは12分。切り捨てたら10分で、その20分の差は偉大だった。

往復で40分違うと30分は普段より眠れる。


「うち来ます?」

「いいの?」


「いいですよ。でも散らかってます」

「俺がいるからだよね?」


「違いますよ。疲れ過ぎてです。流石に浅一の時から半年ずっとはキツいです」

「同感。こんどは弥飯やはんの商店街だよね?」


「嬉しいけど聞きたくない。下版前に次の話はダメージ大きいですよ」

「ごめん」


そんな会話で田村綾子の家まで行って、風呂を貰ってさっさと眠る。

そのうち、防犯にも役立つからと、洗濯も一緒にやってもらう事になり、俺が掃除をする土曜日なんかも出てくるようになる。


金曜夜の会話なんて、「明日は土曜日なのに久々に休める」、「本当ですね。うち来ます?」から始まる。


「明日休みだから帰るよ」

「えぇ、来てくださいよ」


「何かあるの?」

「掃除、もうヘトヘトだから手伝って欲しいです」


「それはやるよ。お風呂と部屋でいい?トイレとか嫌じゃなきゃやるけど」

「あー…、トイレは私がやります」


「了解だよ」

「じゃあ明日は昼までたっぷり寝たら、掃除と洗濯を片して取材抜きでご飯食べましょう」


そんな会話で昼過ぎまでくっついて眠る生活が続いた。


忘年会や新年会は社長が気を利かせてくれたが、取材みたいになって落ち着かなかった。


一年で落ち着くかと思ったが甘かった。

タウン誌は飲食店を入れた事もあって、増減が激しくて何店舗かが変わった事で、改訂版を作る事になる。

2年目も夢工房は忙しかった。


こうなると諸々を諦めて引っ越し先を探した。


やはりタウン誌をやっているというのはこういう時に強い。

あのラーメン屋に顔を出して、昼ご飯を食べながら「不動産屋さんでお勧めあります?」と聞くと、「なんだ?引っ越すのかよ?出ていくなよ」と言われて、笑いながら「逆です。今のアパートは間蛭なんで、こっちに越してこようと思います」と言うと店主は「任せとけ」と言って、不動産屋さんを紹介してくれて、礼金免除になってしまった。


なんとなくだが1DKから1LDKにした。

内覧の時、「地元に任せて」と言って、田村綾子が「アドバイザーです」と不動産屋さんに自己紹介しながらついてきた。


不動産屋さんは「2人で住むの?」と聞いてきたが、2人して違うと返して微妙な顔をされた。


引越しは単身者の簡単な引越しだったので、業者に頼んで簡単に終わらせた。間蛭の家は管理会社が入っていたので、驚くほど事務的に終わる。

汚した覚えはないが敷金は期待していなかった。


前の家は床布団だったが、今回はベッドにした。

ヘトヘト具合を考えてで、あの田村綾子の住まいを見て、あの風呂を出たら倒れ込めるベッドの存在は、何よりも優先するものと思った。


家具屋にも田村綾子がついてくる。

「何を買うんですか?」

「ベッド。田村さんの家のベッドを見たら、床布団には戻れないというか、万年床にしたくなるからベッドが欲しいんだ」


何故か田村綾子の方が熱心で、シングルも捨てがたいがセミダブルを買うことになった。


引越し祝いは勿論蕎麦にした。

蕎麦屋さんもタウン誌に載せた店で、顔見知りになっていて引っ越してきたことを言ったら歓迎された。


ちなみにラーメン屋さんからは「お前、ラーメンだって中華そばなんだぞ?引越し蕎麦だろうが」と言われてしまい、謝りつつ炒飯を食べた。



どこかで何となくそんな気もしていたが、不思議な事に繁忙期で無くても田村綾子が泊まりにくる。

特に何もない。

2人で食事を用意して、ラジオを聴きながら食べた後は風呂に入り眠る。


田村綾子が来ると規則正しい生活になるので、早寝が出来てしまう。

嫌なわけではないが、1人だとそうはいかずに、テレビを見たりしてしまって夜更かしになる。


そんな日々を過ごしながら、ふと布団の中で「こんな生活してて田村さんのご両親は怒らない?」と聞くと、「んー…。どうでしょう?とりあえず父母は私が幸せなら喜びます。まあ他県なんでバレようはありません。太田さんのご両親は?」と聞き返された。


「ウチは余奈加よなかに住んでるよ。でももう大学の時にアレコレ理由を付けて一人暮らししてからは、殆ど顔を出してない。ウチの親は夫婦仲がいいから俺は放置されてるよ」

「へぇ、夫婦仲が良いんですね。素敵です。もうすぐ秋が終わりますね」


「そうだね。次は弥飯の改訂版だね」

「まあ新装開店のイタリアンバルを楽しみにがんばります。でもデザインが固まってるから私は手持ち無沙汰です」


俺は田村綾子の言葉に、呆れ気味に「よく言うよ。写真の差し替えやテキストの挿入、中にはおすすめメニューを変えたいお店のリクエストにも応えていて大変だし、細かく手を入れていて、前回不満だった所を直してるよね?」と指摘をする。


「見てたんですか?」

「まあね。端から端までキチンと目を通しているよ。だから田村さんは俺より大変だよ」

俺の言葉に赤くなって胸に顔を埋めて、「早く冬になってほしい」と話を逸らす田村綾子。


「冬?好きなの?」

「冬ならこの眠り方の真価を発揮するからです」


「真価?」

「夏はエアコン効かせて寝ていても、朝には暑いのか2人揃って離れていて、冬場は朝までくっ付いていられるから好きです」


俺は聞いていて顔が赤くなる。

何と言うか今日まで意識をしていなかったが、田村綾子の見た目は悪くない。

そして何より女性で、寝間着なんて薄着で密着していい相手ではない。

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