第11話 限界の中で。
デザイン案が決まると、タウン誌に載せるお店に行ったり、公園に行ったりして写真を撮る。
公園や公共物は簡単に終わるが、店舗はそうはいかなかった。
対人になれば難易度はグッと上がる。
しかも田村綾子はそこら辺が甘かった。
機械的にお店に邪魔をして、インタビューして写真を撮る。
それをしては店側は面白くない。
今回は社長が取り付けてきて、商店街の組合の許可は得たが、「やらせてください」と言っているのはこちら側で、店舗側は「やってください」ではなく「仕方ない」だ。
みるからに短気で気難しそうなラーメン屋の店主は、不満げにラーメンをテーブルに乗せて「ウチのは美味えよ」しか言わない。
田村綾子はラフ案を見せながら、「あの、それだと文章が…」と言うが逆効果だ。
俺は田村綾子を制止して、「写真撮ったら食べていいですか?」と聞く。
店主は無愛想に「ぬるくていいならな」と言ってくるので、俺が「美味しいなら問題なしです。少し残念ですけどね」と言って笑うと、店主は「なら早く撮るもん撮って食えよ。2人で一杯のラーメンやんのか?」と聞いてきた。
「その前に一個いいですか?」
「なんだよ。忙しいのによぉ」
「いえ、インタビュー前に観てましたけど、なんでお客さんは炒飯ばかり頼むんですか?」
「…俺の炒飯は美味いからだよ」
「何か問題なんですか?何が美味しいんですか?」
「問題は中華鍋ぶん回すから疲れんだよ。美味いのは、ラーメンに使う焼豚の切れ端をこれでもかと使うから美味えんだよ!ラーメン食ってくれ!」
身振り手振りで炒飯を嫌がる店主に、俺は「じゃあ炒飯お願いします」と言うと一瞬場が凍り付き、店主が「お前…」と言ってきたが、俺は田村綾子のラフ案を指さして、「俺達はこの街の魅力を伝えるのが仕事で、人気で美味しいなら食べますよ」と言った。
「お前、他の店も回るんだろ?」
「回りますよ」
「食べんのかよ」
「若いですから余裕です」
「炒飯売れ過ぎて、肩が上がんなくなったら文句言うからな」
「なら角の整骨院がお勧めです。インタビューしてきたら、何がなんでも治してくれるそうです」
「もう行きつけだよ」
「なら安心しました。よろしくお願いします」
この会話にニヤリと笑った店主は炒飯を持ってくる。
俺達はそれを写真に収めてから、ありがたく食べるとラーメンがもう一杯出てきて、「熱々も食ってみろ」と言われてありがたく食べた。
「ご馳走様でした。記事は期待してくださいね」
「おーおー、期待してやるよ…領収書は?」
「いえ、自費です」
「あ?」
俺は「良いんです」と言って、正規の値段を置いて店を出る。
店主はわざわざ外まで出てきて「さっきは悪かったな」と謝ってくれた。
田村綾子は申し訳なさそうにしながらも、「飲食店だけでも数店舗あるんですよ?」と言ってくる。
「大丈夫。町おこし写真隊の時に鍛えたから」
「お金とか」
「就職一時金だったかな?なんか失業保険の申請してから、すぐに仕事が見つかるとお金もらえたから少しなら平気」
「でも…訴訟とかでお金使って…そこまで」
申し訳なさそうな田村綾子の顔が気に入らなかった俺は、「そこまで?作るなら良いものを作りたいですよね?」と聞くと、田村綾子は申し訳なさそうに「…はい」と言ってきた。
「なら食べ物屋さんなら、食べる必要だってあるんですよ。キチンといいものにしましょうね!」
この言葉が起爆剤になった。
俺と田村綾子はよく言えば相性がいいのだろう。
社長からは「水と油って言葉は聞くけど、君達は火と油だね」と笑われて、村木さんからは「火とガソリンかもよ?」と笑われた。
そうだったかもしれない。
残業代も出ないし、余計な飲食をしても領収書なんて落とせないのに、夜遅くまでデザインと文章に頭を悩ませ、コレじゃないと思えば何度も食べに行ったし、無理を言って写真を撮り直した。
暑い夏はあっという間に過ぎて、夏の終わりにはようやく8ページの冊子が出来上がった。
ヘトヘトだったが、達成感はもの凄くて、何度も印刷予備を見ながらニヤニヤと笑う。
最後の発行の所は夢工房としか書かれなかったが、それでも作った物が形になるのは嬉しかった。
駅や市役所、浅一商店街に置かれた冊子は瞬く間に消えて、増刷する事になり社長は大喜びで、特別ボーナスが出て田村綾子と「残業代と飲食代が帰ってきた」と笑い合った。
笑えたのはそこまでだった。
隣の
地域振興課の課長さんの横には、その上の偉い人まで出てきて、浅二商店街バージョンを発行するように言われる。
浅一と浅二に差をつけられないからと、デザインは大きく変えずに、商店街組合長の好みの色に変えて、ひたすら後は取材と作成に没頭をすると、営業いらずになった夢工房では村木さん達が既存の仕事を片付けてくれて、俺と田村綾子はひたすら出歩いては原稿を作ってを繰り返した。
うれしい悲鳴ではないが、この後は止まる事を知らなかった。
市内の商店街が二匹目のドジョウを狙ってこぞってタウン誌に参入してきた。
だがかえってそれが良かった。
付け焼き刃で夢工房に敵う会社はそうなかった。
大手が模倣をしてきたが、値段の問題をクリア出来ずに赤字覚悟でやる羽目になる。
そしてすぐに手を引く。
結局は夢工房にくる。
もう俺も田村綾子も毎日ヘトヘトだったが、社長の命令もあって徹夜だけはしなかった。
「身体が1番だ。最悪は断る。ウチは4人しかいない。4人だから出来る料金なのは地域振興課もわかってるから」と言ってくれていた。
ある日、歩きながら船を漕ぐ俺と田村綾子は、もう一度取材だと意気込んで夢工房を後にしたが、肉体的に限界で「ダメだ。帰ろう」、「帰りましょう」となった。
駅まで行くと、普段ならここで田村綾子は駅向こうのアパートへ行き、俺は電車で一駅揺られてそれから家に帰る。
冬場は、エアコンが部屋を暖めるのが遅いので、待つのは辛いがそこで寝たら間違いなく風邪を引く。
そう思っていると、田村綾子が「うちで寝ましょう。太田さんは今から帰ると、なんだかんだ30分はかかりますよね?うちなら10分です」と言い出した。
疲労のピークで、正解がわからない俺が困った顔をしていると、「というか、歩くの辛いから、ウチまで肩貸してください。コンビニでお泊まりセットと、下着だけ買いましょう」と言われて、何も考えずに言われるがまま、「そうするか、了解です」と言って田村綾子の腕を肩に引っ掛けて歩き出す。
途中のコンビニで歯ブラシと下着を買うと、「タオルとシャンプーに石鹸はあります」と弱々しく言われて、「助かる」と返して飲み物と歯ブラシと下着を買って、また田村綾子に肩を貸すと、2人でのっそのそと歩いて田村綾子のアパートまで行く。
「お風呂は入りましょう」
「借りますね」
そんなやりとりで、浮ついた何もかもがないままに交代で風呂に入り、歯を磨くと夕飯も食べずに、もう夜食の時間だが…何も食べずに、「布団、一個しかないからどうぞ。寝相悪かったらごめんなさい」と言われて、2人でのそのそとベッドに入ると、そのまま眠りについた。
夜中、抱きつかれたので抱きしめ返すと、田村綾子は暖かくてよく眠れた。
そう。よく眠れた。
俺達はぐっすりと眠り寝坊をした。
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