第10話 夢工房。

田村綾子の勤める夢工房は、田村綾子を含めて3人のデザイン会社だった。

面接には社長と社長の腹心にあたる人も参加し…。結局全員参加で俺の面接になる。


社長は少し困った顔をしていて、田村綾子が無茶なワガママを言った事がわかったが、「まあアヤちゃんが言ってるんだからさ」と腹心さんも言ってくれた所に、田村綾子も「社長、朝も言いましたけど、彼を迎えれば夢工房は更に飛躍しますよ!給与だって歩合の出来高制にしたら夢工房は破産しますが、太田さんは定額で良いって言ってくれたんですよ!」と推す。


これでもかと推してくれて、社長が「太田くん、君は田村さんに押し負けたね?」と聞いてくれて、苦笑すると全てを察してくれた。

給与面は前職と失業保険の間にしてくれて、生活は困らなくなるし、失業保険の申請をしてから仕事を見つけたので、一時金のようなものまで手に入って当分は困らなくなった。



夢工房の仕事は面白かった。

デザイン会社として封筒や名刺、ホームページや新聞の折込チラシなんかのデザインを、社長と腹心の村木さんが営業で貰ってくると、それを村木さんと田村さんがデザインソフトを使って形にしていく。

俺もデザインソフトを使って簡単な名刺の仕事とかから教えてもらう事になる。


「参っちゃうよ」と言って社長がパソコンを用意してくれて、「投資だって。期待してるよ」と続けてプレッシャーを感じた。


田村綾子に言わせると「あー、WEBしかやってないから、4色と解像度を教えないとダメなのか」らしく、ホームページを作る際は、ファイル容量を可能な限り軽くする事を求められたが、印刷物にはそれをすると目も当てられないモノが出来上がる。


取引先の印刷所から指摘が入る度に、田村綾子は「覚えましたね?なら平気です!」と言って、「太田さんはもう覚えましたから平気ですよ社長!村木さん!」と言う。

なんというか至れり尽くせりに近い感じで、そんなに弱った姿を見せてしまったのかと恥ずかしくなった。



田村綾子は案外…いや、完璧にせっかちだ。

月末に給与が振り込まれると、「もう完璧ですよね!」と言って、有無を言わさずに「営業行ってきます!」と俺を連れて外出を試みる。


事務所に居た社長と村木さんは、「一応いうけどサボったりすんなよなー」、「暑いから張り切り過ぎて倒れないでね。太田くんに迷惑かけちゃダメだよー」と言って見送ってくれた。


行き先は市役所で、直接地域振興課に向かった田村綾子は、表彰式に居た課長さんを捕まえると、「太田さんをお連れしました!約1ヶ月勤めてもらいました!」と言った。


困惑する俺の顔を見て、「お久しぶりです」とあいさつをした課長さんは、「田村さん?あなた太田さんに説明しました?」と聞いた。


「これからです!」

「でしょうね」


田村綾子はhometownを印刷物でやりたくて、表彰の繋がりから地域振興課に話を持ちかけていた。

だがお金を払う必要のないホームページと違い、お金が発生する印刷物の世界では、田村綾子はデザインが良くても紹介文が弱ければ話にならないと断られ、ライターを雇うか、せめて田村綾子自身が、俺と同じくらいの文章を書けるようになってくれないとダメだと言われていた。


田村綾子は「それなら、太田幹雄さんを夢工房に迎えたら、前向きに話し合ってください!」という話になったが、課長さんからは「太田さんはやめてあげなよ。今彼トラブルに見舞われていて、私達の耳にまで入ってくるくらい困ってるんだよ?」と言ってくれていた。


課長さんが「それにしてもよく連れてこられたね」と言ってから、俺を見て「大変でしたね?キチンと最後まで責任を取られて、ご立派ですよ」と言ってくれた。


田村綾子の作りたいものはタウン誌に近い。

地域振興課の事業として市から受注する事で、市の建物や駅なんかに置かせてもらう印刷物で、手始めに田村綾子が住み、夢工房のある浅一あさいち駅周辺で作る事になる。


俺は手始めと言った田村綾子の顔は見ないようにした。

課長さんは諦めながら笑顔で、「参りました。木場さんに来てもらってください。私と木場さんで条件の話をしますよ」と言ってくれた。


田村綾子は文字通り飛んで喜んで夢工房に帰ると、「社長!今すぐに市役所へ行ってきてください!太田さんを連れて行ったらOK出ましたよ!」と言う。


社長も村木さんも喜んでくれたが、あれはOKではなさそうだったとはとても言えなかった。


俺の心配とは裏腹に、契約は締結して8ページのタウン誌を作る事になった。

所々に入る広告を集めるために社長と村木さんが奔走し、田村綾子がレイアウトとデザインを練って市役所に持ち込み、俺は「できません」とは言えないプレッシャーの中で、夢工房が受注している封筒や名刺、ホームページの仕事を片っ端から片付ける事になる。


死にものぐるいまでは行かなかったが、公私のバランスは壊れるくらいに働いた。

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