第8話 七転八倒。
小さな街だから話はすぐに回る。
旧友達の前で、お蕎麦屋さんから「また食べに来いよ」と声がかかったり、婦人服のお店から「撮り直し頼んでもいい?」と言われれば話が回る。
前に「有名になったら手伝ってやる」と言ってきた奴が、押しかけ女房的に町おこし写真隊に入ってくる事になった。
その後は坂を転げるが如く散々だった。
半ば勝手に仲間になった旧友は、ホームページに自分の名前を載せろと言い出してきた。
仕事を割り振ってやり切ってからだと言うと渋々撮影に行く。
写真もセンスに任せた3カットを用意するように言ったのに、適当に10枚ほど撮ってきて選定作業をやらせてくる。
自身で選ばないのに、こちらが選べば判断基準を聞いてくる。
その意味がわかったのは、取材先で心配そうに話された時だった。
どうやら旧友は勝手に町おこし写真隊の名刺を作って、合コンに使っていたらしい。
しかも自分が撮った写真で、選定理由をもっともらしく語り、頼まれて仕方なく手伝ってやっていると言っていた。
「半ば無理矢理手伝うって言われたんですよね」
「あのね。まだ若いから性善説とか、小さな街だから人間関係とか、悩むかもしれないけど切り捨てる時は切り捨てるのよ?」
事情を説明した時に言われた言葉は真理だったが、当時の自分には兼業でホームページの運営もして、市長から表彰された自信から切り捨てると言う事をしないでイケると信じていた。
それが良くなかった。
損得勘定にまみれた旧友は、さらに町おこし写真隊のホームページや活動を荒らした。
酔った勢いで勝手に仕事を受けて忘れたり、無料だと行っているのに報酬を要求したりする。
そう言ったものの後始末に追われた。
流石に、もう町おこし写真隊を名乗らないでくれと言ったが、聞き入れられなかった上に、図々しくも名前を連ねているのだからと広告収入を配分するように言われた。
損害で広告料が残っていない事を収益と共に見せたが、旧友は納得しなかった。
気がつけば表彰されてから1年が過ぎていた。
旧友のトラブル対処で週末を使い、平日に影響が出るようになってしまうと、社長から苦言を呈されるようになった時、何もかもが嫌になった。
可能な限り掲載させて貰ったお店に顔を出して、今回のトラブルの事を告げずに兼業が辛くなったのでホームページを辞めようと思うと告げた。
それからすぐに仕事を辞めて、広告主達にも謝ってホームページは閉鎖した。
生活の一部を辞める事は精神的にキツかった。
そんな中で意味不明な訴状が届いた。
相手は旧友だった。
共同経営のホームページを潰された事の損害賠償請求なんかだった。
退職したてで無収入だったが、仕方なく貯金から弁護士を雇って争った。
裁判が始まってわかったのは、相手の弁護士が何一つ正しく聞かされていなかった事だった。
誘っておきながら無給で働かせて、勝手に辞めた事にしていたが、トラブルに関しては最後の方から順番に頭を下げて、被害者達に証言をしてもらい、メールなど残されていたものを全て用意して説明をした結果、訴えの大半は退けられた。
訴訟費用も旧友がほぼ払う事となった。
「ほぼ」や「大半」なのは、狡猾な旧友は「地域振興に携わりながら、身勝手な理由で社会に迷惑をかけた」と正義を振り翳してきていた事。
弁護士を含めて示談を迫ってきた結果、損害賠償請求や弁護士費用、訴訟費用は棄却されたが、ホームページの素材やソースコードは寄越すように言われて渡す事になった。
だが旧友は何もわかっていなかった。
ホームページの知識もなく、ただ素材やソースコードを手に入れれば、前と同じになると思っていたらしく、交渉の中に漠然とした「なんとかしろ」という言葉を折り込んできて、話を聞いた弁護士が「凄い方ですね。損得勘定の強い方のようで、なんとか因縁がつけられないように軟着陸させますね」と言ってくれた。
結果としては1年間の期限付きで、元々のホームページがあった場所には移転のお知らせと、新しいURLを設置する事にして、移転先のホームページスペースは旧友がなんとか借りていた。
ここでも無料スペースには広告が入ってレイアウトが乱れると知って、憤慨していたらしい。
これも弁護士さんから聞いた。
なんでも、数年分のホームページスペースのレンタル代金を払えと言ってきていたそうだ。
損得勘定が凄すぎて怖く思えた。
しかもここでは終わらなかった。
旧友は管理人の所にあった名前をそのままにしていた。
これは弁護士を通じて、名前を変更するように言ったが、知識がないから出来ないと突っぱねてきた。だがそれならばコチラから訴えると言うと、渋々別の旧友を連れてきて更新していたが、懲りずに管理人を責任者に変えて名前を残そうとした。
再三の警告でようやく別の、おそらくコードを理解している旧友の名前になった事で、ホームページは手を離れた。
広告のリンクが取れていたので、広告主の連絡先を伝えたが、交渉は決裂したのだと思う。
何もかも無くなった。
街に居場所も無くなった。
仕事もなく、ようやく裁判が終わり、転職活動を始めようと思った頃、開放感のせいか昼間から飲みたい気分になる。
だが地元に顔を出せる店はなかった。
歩けば後ろ指を指されるような気がしてしまい、実際に指されていたと思う。
それでも飲みたい気持ちで、隣の駅に足を伸ばした。
本音で言えば、大きくなった「町おこし写真隊」は、次に隣の街に足を伸ばして、マップの拡張をして、参加店舗を増やしてみたいと思っていた。
何もかもを手放しても、まだ町おこし写真隊かと自嘲しながら、1人でも入れそうだが小洒落過ぎていない店に、「1人でもいい?」と言いながら入り、レモンサワーとコロッケと漬物の盛り合わせを頼んでのんびりとする。
癖は抜けない。
店の雰囲気、食べた手作りのコロッケの味に、頭の中では町おこし写真隊に載せる際の文章が思い浮かぶ。
「癖というより未練だな」
呆れながら酒を煽って漬物を口に運ぶと「あれ?太田さん?」と声をかけられた。
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