第6話 (最終話)何かをしたら何かが始まるのは本当だった。

店の中は暗くて人の気配はない。

商売として成り立つのかと思ったが、こういう店は大概学校とかと繋がりがあって、卒業アルバムを作ったりしている。そう思うと、中学の運動会でも腕章を付けてゴツいカメラを持った人は居たし、修学旅行にもきていた。


加納幸助が「あの、すみません」と言うと、中から穏やかな顔の男が出てきて「いらっしゃい。なになに?どうしました?」と聞いてくる。


カメラを見せながら現像したいと言うと、軒先の機械を指して「簡単なプリントはあっちでもできるしすぐだよ。それで私達に現像を頼むなら、機械を起こしたりするから時間貰うね」と説明を受ける。


加納幸助が「A3サイズで」と言うと、男は嬉しそうに「じゃあウチで預かるから伝票書いてくれるかな?」と返して、「ごめんね。今手が離せないから、ちょっと代わるね」と言いながら裏に向かって行き、「ショウコ、代わってくれる?」と声をかけると、男の代わりに奥から「今行く」と言った声と共に、エプロン姿の女の人が出てくる。


宮澤優は加納幸助の緊張を見逃さなかった。


「あ!」と言ったショウコと呼ばれた女は、加納幸助に向かって「久しぶりだね。また会えたね」と笑うと、「何?現像?機械出しじゃなくて?」と言って、出したいものがショウコの撮った写真だと気付くと、「照れるね。見本にするの?良いことだよ。君には撮影時のセッティングを書いてあげるよ」と言って笑う。


ショウコは改めて、「はい。伝票書いてね」と渡すと、受け取った加納幸助は、青田写真館と書かれた伝票に丁寧に名前を書く。


それを見たショウコは、受付者の所に青田笑子とフルネームを書いた。


「青田笑子…」と呟く加納幸助に、「そうだよ加納くん。私はさっきの旦那、青田写真館の青田望の奥さんだよ」と名乗った。



宮澤優は笑わないように気をつけながら、ご愁傷様と思った。


「これ、今日欲しい?」と聞く青田笑子は、「後でいいなら少し話そうよ」と言って宮澤優と挨拶をする。


そして加納幸助を見て、「友達いたんだ」と言って笑った。


放心状態に近い加納幸助に代わって、宮澤優が話をして、花火に行けと言ったのも宮澤優で、加納幸助の何かをしたら変われるかも知れない話の為に、なんとか加納幸助に一般的な感覚を持ってもらいたくてと話す。

青田笑子は笑って「本当だよね」と言うと、加納幸助に「何かをしたら…か、お姉さんから言えることは、地に足をつける。小規模でも、安そうに見えてもバカにしない。それだけで世界は光り輝くわよ。写真も光が無ければ撮れないでしょ?撮った中で自慢の一枚が出来たら、ウチで現像しなさい」と言った。


「営業…」と返す加納幸助に、「またそんな変な見方をすると、彼女なんて夢のまた夢だよ?」と言ってから、「写真はね。気持ちがストレートに乗るんだよ。嫌な気持ちで撮ったら、どれだけ綺麗な景色でも輝かないの。自慢の写真が撮れるまで頑張りなさい。今なんてデジタルのおかげで安く済むんだからいいでしょ?」と続けた。


加納幸助は天啓を聞く信者のように頷いて「はい」と言った。


宮澤優はひとつ気になって青田笑子に聞いた。


「あの、なんで花火の日はお一人だったんですか?」

「ああ、ウチの旦那は賞に応募するんだって言って、朝から仕事しないで花火会場の場所取りしてたし…、私が横にいると笑子も撮れ!って言われるんだけど、私は学校行事でスナップを撮る方が向いているんだ。それに普段は温厚なのに、写真に本気な旦那様は、近くにいると気が散るなんて怒鳴るんだよね。だから私は早々に逃げて、酎ハイとおつまみでのんびり花火鑑賞よ。ファインダーが無い方が楽しめるしね」


宮澤優は成程と納得した後で、加納幸助と青田笑子の出会いに感謝をした。



だが加納幸助は変わらなかった。

青田笑子探しがなくなれば、やはり地元を軽視して、本やネットにテレビの言葉を鵜呑みにしては遠方に足を運ぶ。

そして上から目線で偉そうに品評したりする。


だがほんの少しだけ変わったことは、出かける時に必ずカメラを持つようになり、カメラで写真を撮ると、お気に入りの一枚を生み出しては青田写真館に顔を出す。

旦那の望も加納の相手をしてくれていて、加納の交友関係はだいぶマシになった。


宮澤優といえば、カメラも持たない、スマホカメラだけだが、青田夫婦から立派なカメラだと言われて、現像がてら中学時代からの加納幸助に悩まされた話を青田笑子に愚痴る。


「あはは、じゃあ今度お小言を言っておいてあげるよ」

「ありがとうございます。笑子さんはアイツのこと嫌になりませんか?」


「なんで?」と聞いて笑った青田笑子は、「変わった子だな。これからどんなふうに変わるんだろう?って思うと見てて楽しいから平気さ」と言う。


そして「最近じゃ撮ってくる写真も小手先の変な格好つけがなくなったから、後は見る人の事を思って撮るようになれれば私生活も変わるよ」と言う。

宮澤優はさすがに眉唾だと思ったが、加納幸助はしばらくして合コンで女の子を泣かせたり、【謎の体調不良】で帰らせる事なく、カメラの話から「今度近場…に写真撮りに行く?わからなければ教えるけど、基本現地では別行動ね」と言っていた。



何かをしたら何かが始まる。

それは本当だったようだ。

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